発達障害の半数が悩んでいる!聴力検査で問題ないのに聞き取れない人はAPDを疑え!
1対1で話すときは問題がないのに、騒がしい場所での会話、会議などたくさんの人が話す場面、電話の声、テレビの音声などが聞き取りにくい……そう感じたことはないでしょうか。
実は近年、聴力に問題はないのに、聞きとりの悪さに悩んでいる人にAPD(聴覚情報処理障害)という診断名がつき、にわかに注目を浴びています。
あなたは、子どもの頃から集団の中にいるのが苦手で、皆でワイワイするより、一人でいるのが好きだった、といったことはありませんか。
学生時代まではスムーズに過ごしてきた、それが、社会人となり、仕事をするようになって初めて、聞こえによる問題が表面化した、というケースが多く見られます。
APDの人は、会議の議事録がとれない、上司の話がわからず「ちゃんと聞いているのか」と怒られる、接客業でお客さんに何度も聞き返す……ということがよく起こります。
その結果、自分に自信がなくなって、仕事を辞めたり、うつ病になってしまったりする人もいます。
こういったかたがたは、聴力検査では異常がないので、原因がわからず、「聞こえているのに聞き取れない」という症状に悩んできました。
しかし、APDがようやく知られるようになり、私のクリニックに相談にやってくる20代の社会人のかたが増えてきました。
APDは1%ぐらいいるのではないかと推測されていますが、仕事内容や環境によっては、APDと気づかずに過ごしてきている人もいると思います。
APD(聴覚情報処理障害)は病気や障害ではなく【耳の情報処理トラブル】
ご自身がAPDかどうかを判断するには、以下のセルフチェックを試してみるといいでしょう。
難聴の場合にも同様の悩みが起こりますが、APDは聴力検査では異常がないということが大前提となります。そして、左に挙げた項目に当てはまる数が多い人はAPDの可能性があります。
APDの特徴は、音としては聞こえているのに、言葉としては理解できない点です。そのため、会話の場面で、聞こえづらいという問題が生じてしまうのです。
現在はウェブ上で、APDの人の体験談がたくさん掲載されており、「私と同じ症状だ」と気づいて、受診されるかたも増えてきました。気になるかたは、下に紹介したサイトを覗いてみてください。
APDの原因は、聴覚にあるのではなく、脳の言語を処理する速度が遅いということが考えられます。
APDは生まれつきのもので、自分の特性でもあるため、薬や手術などで改善するものではありません。
私はAPDを病気や障害ではなく、ひとつの症状と考えています。そのうえで、さまざまな工夫をしながら、APDとつき合っていく方法をアドバイスしています。
APD(聴覚情報処理障害の)の情報が得られるサイト
検査・分類よりも悩みの具体的な解決に導くことが大事
現在はまだAPDの正確な検査をできる耳鼻科はほとんどなく、耳鼻科を受診しても「気にしすぎです」と言われてしまうこともあります。
大事なのは、正確に診断することではなく、患者さんが困っている状況を具体的に解決するお手伝いをすることです。
私は、患者さんの話や、下に示した質問などから、APDかどうか判断しています。そして、1年間で約200人のAPDの患者さんを診てきましたが、APDだと診断されると、原因がわかってホッとされるかたも多いのです。
APDは、発達障害(自閉スペクトラム障害、注意欠陥・多動性障害、学習障害)、精神病、聴覚過敏などの病気に合併して起こりやすいこともわかっています。
特に、発達障害の2人に1人はAPDがあると言われているので、「言葉が聞き取れない」と受診する人には、発達障害の有無を意識して診断しています。
APD(聴覚情報処理障害)セルフチェック!
□ 聞き間違いが多い
□ 音は聞こえるのに、言葉が聞き取れない
□ 横や後ろから話しかけられると聞こえない
□ うるさい場所では相手の話がわからなくなる
□ 電話で相手が何を言っているのかわからない
□ 話している人の口元を見ないと理解できない
□ 「ちゃんと聞いているのか」と注意されることが増えた
□ 複数の人が話していると何を言っているのかわからない
□ 画面に字幕がないと意味が理解できない
□ 仕事でお客さんの注文が聞き取れない
□ 聴力検査を受けても「聴力に問題ない」と診断された
上の項目で悩みを抱えていても「聴力に問題ない」場合はAPD(聴覚情報処理障害)かもしれない
APDの人は人との会話が少ない仕事を選ぶとよい
100人に1人、20代に多い社会人になり悩む人が増える
学生時代の授業は、先生の話を聞き取れなくても、試験ができればなんとかなっていたので、APDであっても、本人は気づいていないことも多いのです。
しかし、社会人になると、さまざまな場面で聞こえづらさが問題となってきます。
なかでも「会議が苦手」と訴えるかたが多いようです。
会議では、複数の人が同時に話をするので、聞き取りにかなりの障害が出ます。
また、今年はコロナでマスクをしていることが多いのですが、APDの人は聞き取りづらさに悩んでいます。話している人の口元を見て、言葉を理解している人も多いので、マスクをしていると、口の形が見えないので理解しづらいのです。
特に病院では、医師や看護師がふだんからマスクをしているので、聞き返すことが多くなります。
ある歯科衛生士さんは、「歯科の先生が何を言っているのか聞き取れず、聞き間違えては怒られ、仕事に自信をなくしてしまった」とおっしゃっていました。
電話のオペレーターの仕事も、APDの人には難しい分野です。お客様の話をメモすることが求められますが、正確に聞き取れないので、メモどころではないと言います。
また、臨床検査技師の仕事をされているかたでは、検査機器の騒音がある環境では、周囲のかたとの会話が難しいと苦労されている人がいました。
救急車の中で患者さんを処置する救急救命士のかたも、APDだとやっかいです。患者さんに命の危険がある場合も多く、指示に瞬時に反応することが求められるので、聞き間違いは許されない世界です。
カウンセラーの仕事をされているかたは、患者さんの話を聞く仕事ですが、静かな環境で、1対1の聞き取りであれば、問題を感じないそうです。しかし、会議などでは、聞き逃しが多くなって困っていると言います。
ピアニストで楽器の音色は聞こえるのに、スタッフとの会話が聞き取れないというかたもいました。
なかには、転職をして、初めてAPDに気づくかたもいます。
ウェブ作成の仕事に取り組んでいたかたが、転職をして、上のポジションになると、部下からさまざまな質問をされるようになったというかたがいます。
しかし、その質問が聞き取れなくて、ちゃんと返答ができず、仕事に支障が出てしまったのです。
また、APDの人は、後ろや横から話しかけられると、聞き取りにくいということもあります。
このため、デートなどで歩きながらの会話がスムーズにできません。誤解につながりやすいのです。
聞こえに問題がない人はAPDの人にイライラしがち
一方、聞こえに問題がない人は、APDが理解されていないので、APDの人に出会うと、イライラしがちです。
あるAPDのコンビニ店員さんは、「コンビニの仕事は決まったセリフが多く、推測がしやすいと思っていたが、何百種類もあるタバコの番号をレジで聞き取るのが難しく、何度もお客さんに聞き返してムッとされた」とおっしゃっていました。
店員さんが外国人であれば、「まだ日本語に慣れていないのかな」とお客さんのほうが、わかりやすく発音するなど、配慮してくれることもあるでしょう。
しかし、日本人で、しかも若い店員さんだと、聞こえが悪いとは誰も思ってくれず、「接客態度が悪い」と判断されることもあるのです。
APDの人が苦労するのはこんな仕事
APDの人が苦労する仕事の分野は次のとおりです。
・言葉でやりとりする接客業
・長時間の会議が多い職場
・相手の口の動きが見えない、マスクが必須の医療関係の仕事や、コールセンターのオペレーター
・車の中で聞き取りが求められる救急隊員、ドライヤーをかけながら会話する美容師など、騒がしい環境での仕事
APDによって仕事に支障をきたしている人は多いのですが、これまで原因がわからず、多くのかたが人知れず悩んできました。
耳鼻科で調べてもらっても、聴力に異常がないと、精神科の受診を勧められるケースもあります。
まだまだ一部の耳鼻科医にしかAPDの存在が知られていないので、「聞こえない=聴覚に問題があるはず」と思っている耳鼻科医が多いのです。「聴覚に異常がないのだから聞こえないのは精神の異常としか考えられない」と判断され、ショックを受けてしまった人もいます。
しかし、APDを理解し、自分がAPDであることを受け入れることで、環境を変えたり、仕事を選び直したりして生きやすくなった人もたくさんいます。
ぜひ、皆さんも前を向いて、次のステップへ、進んでください。
考え方を変えて自分の得意分野を磨いていけばAPDでも前向きに生きられる
聞き取りにくさを改善する方法はたくさんある!APDはコレで楽になる!
APDは、現時点では医学で治すことはできませんが、さまざまな工夫によって、聞こえの状態を改善することができます。
①環境を改善する
話を聞くときは、テレビや音楽など、音の出るものは止めたり、静かな別室に移動したりするなどしましょう。相手の人に大きな声で話してもらうよう依頼する、相手の口の形が見えるよう正面に座るといったことも、聞き取り力の向上につながります。
②ノイズキャンセリング機器の活用
入ってきた音を調整し、雑音のみをおさえる「ノイズキャンセリング機能」がついた機器を活用するのもお勧めです。
キングジム製のデジタル耳栓は5千円程度で購入できます。イヤホンはスマートフォンに接続しなくても使える製のものを使って、聞き取りやすくなったという患者さんもいらっしゃいます。
③聞き取りの悪さを別手段で補う
仕事での指示はメモや文章にまとめてもらうといった配慮が得られれば、仕事がしやすくなるでしょう。音声を文字化するアプリを使う、近しい人は電話よりもメールやなど文字でやりとりをする、といったことも心がけるとよいでしょう。
④音声レコーダーの活用
会議や学校の授業などで、ICレコーダーによる音声の録音を行うと、あとで聞き取れなかったところを確認できます。ただし、長時間に及ぶものは聞き返すのが大変なので、議事録やメモを見せてもらうほうが効率的です。
⑤テレビや映画は字幕を活用する
最近は日本語の配信作品でも、日本語字幕が出るものが増えているので、字幕で楽しみましょう。
⑥周囲の協力を得る
自分がAPDであることを周囲に伝えておくことで、協力が得られる可能性があります。
聞こえが重傷でない仕事で自分の能力を存分に発揮
現在の仕事でこれらの改善を行うのが難しい場合は、悩んでいるよりも、配置転換を願い出たり、転職をして、聞こえづらい仕事から離れることもお勧めします。
聞こえがあまり重要でない仕事、静かな環境での仕事を選べば、自分の能力を存分に発揮できるでしょう。
一方でパソコンに向かって一人で作業することが多い仕事や、事務職は、APDでも比較的働きやすいことでしょう。
また、今年はコロナ禍で在宅勤務になったことで、コミュニケーションの負担が少なくなり、逆に働きやすくなったというAPDの人も多いのです。
オンライン会議では、一人ずつ話しますし、イヤホンをつけて聞くことができるので、対面での会議よりも聞き取りやすくなったという声が寄せられています。
考え方を変えて前向きに生きることが大事
APDの人は、聞く気がないのではなく、言葉がうまく聞き取れないのですが、自分がAPDだとわかっていないと、周囲から怒られることで、自信をなくしがちです。
APDの聞き取りづらさに関しては、何かトレーニングをして、向上するものでもありません。
例えば、英語や中国語などの語学を習得したいと勉強する人も多いのですが、読み書きはできても、リスニングだけができないといったことがAPDの人に起こることがありますが、努力をしてもどうしようもないことなのです。
私はAPDのかたには、早く障害を受け入れて、前向きに生きることをお勧めしています。APDのために評価されない仕事にしがみつくのではなく、聞こえないことにクヨクヨせず、自分の得意分野を磨くほうが人生は楽しくなるはずです。
「何ができないか」ではなく、自分の中の「できること」に目を向けて、生きづらさから解放されることを応援しています。
また、APDの症状は、重い人から軽い人までさまざまですが、一人で悩まずに、悩みを共有できると心強いでしょう。インターネットで調べていただくと、多くのAPDの人とつながることができますし、交流会や勉強会も行われています。
どうか皆さんもAPDを正しく理解し、上手につき合っていかれることを願っています。