犯罪者は被害者でもある
親が何気なく、あるいはよかれと思って口にしている言葉が、「呪いの言葉」となって、子どもの未来を壊してしまう──。
22年にわたり、犯罪心理学者として1万人を超える犯罪者・非行少年の心理分析を行ってきた経験から導いた、私の確信です。
犯罪・非行については殺人や暴力、詐欺、万引き、援助交際など多種多様。犯罪者・非行少年の抱えている事情や背景もそれぞれ異なります。
ただ、共通点の一つとして、犯罪者・非行少年が子ども時代に、親をはじめとする大人たちから「呪う言葉」をかけられてきたことが挙げられます。彼らは、勝手に犯罪に手を染めたり、非行に走ったりしたわけではありません。
犯罪や非行で周囲に迷惑をかけた加害者であると同時に、「呪う言葉」によって心に傷を負った被害者でもあるのです。
ありふれた言葉こそ呪う言葉になる
呪う言葉というと、「バカ」「死ね」といった乱暴な言葉を連想する人もいるでしょうが、実は違います。
真の呪う言葉と言えるのが、「みんなと仲よく」「がんばりなさい」など、誰もが使うポジティブな言葉です。信じられないかもしれませんが、これらの言葉が問題行動を引き起こすきっかけになっているケースが、あまりにも多いのです。
こうした言葉を、私の著書である『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』で紹介したところ、大きな反響がありました。
ありふれた一言が、使う場面や使い方によっては子どもに対する呪う言葉になることに、多くの人が驚かれたようです。
この本は、子育て中の人に向けて書きましたが、内容については大人同士のコミュニケーションにも当てはまります。
職場の上司・部下や古くからの友人、近所づきあいなど、日常でのさまざまな場面で、ちょっとしたアドバイスや励ましの言葉が相手を傷つけたり、追い詰めていたりすることがあります。
こうした「呪いの言葉」をかけられて心が弱っている人には、ある特徴があります。
「どうせ私なんて」「ぼくのことはいいんで」などと、自分の話をしたがらず、社会から外れていくかのように、他人とのコミュニケーションを遮断していくのです。
「仕事はできるけど自分のことを全く話さない人」や「何を考えているかわからず、とっつきにくい人」というのが、このケースに該当することは少なくありません。
そして「もう、どうなってもいい」と思い詰めてしまい、犯罪や非行につながったケースは数多あります。
例えば、2021年12月に、61歳の男が大阪のクリニックに放火し、クリニック関係者と患者26名を死亡させた事件は、まさにその象徴であり、皆さんの記憶にも残る報道だったのではないかと思います。
犯人の男は、10カ月以上かけて計画を練り、クリニックに火を放った後は、自分も炎に入り、死亡しました。こうした事件は「拡大自殺」と呼ばれています。
人生に絶望し、自殺願望を抱いた者が、他人を巻き添えにして無理心中を図ろうとする現象です。
この放火事件のように、他者を殺傷するに至らなくても、恨みを晴らすために関係のない人々まで巻き込んでトラブルに発展するケースを、身の回りで見聞きすることはあるはずです。
「隣の人に無視された」と思い込んだのがきっかけで、地域一帯に響き渡るような騒音を出す、家の敷地内にゴミを置かれるなどのご近所トラブルなども、この一例です。
言葉の受け止め方が大事
もしもこの記事を読んでいる皆さんが、人間関係のトラブルに巻き込まれていたり、悩んでいたりするのならば、「呪う言葉」が原因である可能性が考えられます。
上司の愚痴をこぼす同僚に対し「悪口を言っていても、しかたがないでしょ。みんなと仲よくしなよ」と気分の切り替えを促したら、突然キレて大ゲンカに発展した。
子育てに悩んでいる友人に、「かわいい子どものために、もっとがんばって!」とメールで励ました後、一切連絡が取れない状態になった。
このように、よかれと思って投げた言葉でも、受け取る側の人間が「自分を否定された」と感じれば、呪う言葉になります。
そして、その積み重ねが、人間関係のみならず、人生までも壊すトリガーとなっているのです。
ただし、言葉のよいところは、使い方しだいで、相手を肯定して勇気づける「救う言葉」になることです。
大事なのは、「どんな言葉を使うか」だけでなく、「相手がどう受け止めているか」に配慮することです。
次の項には、大人が使う代表的な「呪う言葉」を挙げていますので、言葉がどんな影響を持つのか、一緒に見ていきましょう。
誰しもが一度は言われたことがある!
「みんなと仲よく」「早くしなさい」「がんばりなさい」「何度言ったらわかるの」「勉強しなさい」「気をつけて!」
これらの言葉は、私が心理分析を行った犯罪・非行の事例で、たいへん多く見受けられた子どもに向けられる「呪う言葉」です。
おそらく、親だったらほとんどの人が、一度は口にしたことのある言葉でしょう。
また、子ども時代に、親からこの言葉を言われて育ってきた人も少なくないはずです。
こうした呪う言葉を親にかけられ続けた結果として、無意識に心に傷を負ってしまい、大人になってから、その傷が表面化してくるケースは多々あります。
それと同時に、気をつけなくてはいけないのが、犯罪・非行の事例で見受けられる呪いの言葉には類語があり、私たち大人の世界でも自然と使われているという点です。
これらの言葉は、あなたを傷つけ不幸のどん底に陥れるかもしれませんし、言われ続けると、あるとき溜まった水が溢れ出すかのように負の感情が流出します。
その結果こそ、対人トラブルやうつなどの精神疾患。最悪なケースでは、それらをきっかけに「人にケガをさせる・殺してしまう」という事件に発展してしまうのです。
一体、どんな言葉なのか。
ここではその例と、言葉の持つ意味と、言葉を使う場面によって自他にどのような影響があるのか、ご紹介していきます。
呪う言葉❶
「和を乱さないようにね」
類語
「空気を読もう」「足並みを揃えよう」「ワガママを言うな」
言葉を使う場面
「和」という言葉の通り、その場の人間関係や空気を乱したくないという気持ちから出てくる言葉です。また、トラブルに巻き込まれ、自分が仲裁するのが面倒だから、とにかく波風を立てないで欲しいという心理も垣間見えることもあるでしょう。
呪いになる理由
冒頭で説明した「みんなと仲よく」に相当する大人版・呪う言葉です。言われた人は、「出しゃばるな」「個性を抑えろ」と受け取ってしまうことがあります。そうなると、「自分はこのままでは認められない」「大事な存在ではない」と感じ、徐々に相手や所属しているグループへの信頼感や自分さえも見失ってしまうこともゼロではありません。
また、こちらの言い分が正しくても、相手はギャップに苦しみます。「キレイごとを押し付けて」「あなたもできているんですか?」と反発され、トラブルの元になることもあります。
呪う言葉❷
「がんばって」
類語
「まだまだ行ける!」「やる気を出そう!」
言葉を使う場面
多くの人は、何かに一生懸命に取り組む相手に向けて「さらに意欲を持たせたい」「背中を押してあげたい」というポジティブな気持ちから、この言葉を使います。
呪いになる理由
応援に使われる言葉ですが、相手との関係性が希薄な場合に注意が必要です。相手との関係性や状況を加味せず使い続けてしまうと否定的に受け止められることもあるのが、この言葉の怖いところ。意欲は自分の内側から出てくるもので、他者が植えつけることはできません。それにもかかわらず「がんばって」と周りがたきつけると、本人の中にせっかく芽生えた意欲がそがれてしまいます。
かえってプレッシャーを感じてしまうこともあり、パフォーマンスを下げる原因になったり、普段しないミスにつながったりもします。その結果、自分自身の行動・言動を抑圧して、「自分はいつまで経っても認められない」と疎外感を感じ、精神に不調をきたす要因にもなることもあるのです。
呪う言葉❸
「何度も言ったよね」
類語
「この間も言ったよね」「まだ覚えられないの?」
言葉を使う場面
「大事なことだからしっかり伝えたい」だとか、反対に「自分の思い通りに相手が動かないから、動いてもらえるよう相手を刺激したい」というときに使いがちな言葉です。
呪いになる理由
「自己肯定感」とは、ありのままの自分を肯定できる感覚です。「何度も言ったよね」という言葉は、「何度言ってもできないあなたはダメだ」というメッセージを伝えているととらえられ、相手の自己肯定感を下げることになります。
自己肯定感が損なわれると、自分を大事にできなくなります。「自分なんて、どうなってもいい」という思いから、仕事や家事をさぼったり、無気力になったりする傾向があります。
呪う言葉❹
「もっとやれる!」
類語
「まだまだ行ける!」「やる気を出そう!」
言葉を使う場面
相手のことを認めているがゆえに「もっと上を目指せる!」と期待を込めてかける言葉です。反対に「周りの人は余計に仕事をしているから、さらに効率よく行動して欲しい」という思いを込めて口にすることもある言葉です。
呪いになる理由
「がんばって」でもご説明したように、周囲が期待をかけ過ぎることで、「できなかったら終わり」と相手を精神的に追い詰めていく言葉です。「ブーメラン効果」も起きます。相手を説得しようとすればするほど反発心を駆り立ててしまい、説得内容とは逆の行動に導いてしまったり、やる気が起きにくくなったりする心理現象です。
幼い頃「勉強しなさい!」と親に言われるほどやりたくなくなったり、選挙などで「私に清き一票を!」と言っている人に投票したくなくなったりする。これと同じ心理現象が起こり、相手に不快感・不信感を与えるきっかけになります。
呪う言葉❺
「大丈夫だから」
類語
「君はまだやらなくてもいいよ」「気をつけてやってね」
言葉を使う場面
例えば、職場の新人さんに対して「あなたは、こんなことやらなくていいよ」という「嫌な思いをさせたくない」という気持ちから、何でも先回りをして業務をする。そんなときに使いがちな呪いの言葉です。
呪いになる理由
相手の「こうしたい!」という行動・思考を制止して、経験のチャンスを失わせます。また、あまりに過保護・過干渉のため、相手の意欲が低くなってしまうこともあります。
すると、「いつまで経っても認められない」「経験を積ませてもらえない」と自分の存在を否定的に捉え始めるようになってしまいます。その心理状況が悪化すれば、言葉を使った相手や所属している集団に対する共感性が低くなり、周囲の人の気持ちを推し量ることが苦手になります。そうして孤立感を深め、生きづらさを感じていくようになるのです。