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「鎂」この漢字、何と読むかわかりますか?

体内のいたるところで働くミネラル

「鎂」
この漢字、何と読むか、わかりますか?

答えは「マグネシウム」。マグネシウムは、空気中で燃えると強い光を出す性質があり、昔はカメラのストロボに使われていました。そんな性質から、「金」偏に「美しい」と書くのかもしれません。

栄養学的には、マグネシウムは5大栄養素の1つであるミネラルの一種です。ミネラルの中でも、必要量や摂取量が多い主要ミネラル(多量ミネラル)に属しています。

しかし、鉄やカルシウムといったミネラルに比べると、「あまりよく知らない」という人が多いのではないでしょうか。知られないながらも、マグネシウムはひっそりと、体内のいたるところで働いています。

例えば、エネルギーを作るときや使うとき、体に必要なたんぱく質を合成するとき、筋肉の収縮や神経の伝達時などに、マグネシウムは欠かせません。しかも、血管や神経を含むあらゆる細胞の機能が維持されるために必要不可欠なミネラルです。

私たちの体内では、化学反応を進めたり、調節したりする多くの「酵素」が働いています。そのうち、300種類の酵素は、働くときにマグネシウムの助けを必要とします。マグネシウムは、酵素の働きを助ける「補酵素」として幅広く活躍しているのです。

血管の筋肉を緩めて拡張し血流を促す

とりわけ私たちのような循環器の専門医にとって、マグネシウムはミネラルの中でも特別な存在です。
循環器とは心臓や血管のことで、心臓の病気や血圧に関する病気、動脈硬化による病気などが、循環器科の受け持ちになります。

なぜ循環器科でマグネシウムが特別かというと、この分野では昔から、「マグネシウムは天然のカルシウム拮抗薬である」と言われてきたからです。

海外の有名な研究者の言葉で、循環器に対するマグネシウムの働きを象徴する言葉として語り継がれています。私自身も、この言葉に強く惹きつけられてマグネシウムに関心を抱き、長年、研究してきました。

カルシウム拮抗薬とは、代表的な降圧薬、つまり血圧が高すぎるときに下げる薬です。

血圧が高くなるときには、血管壁の筋肉(血管平滑筋)が緊張しています。カルシウム拮抗薬は、その血管壁の筋肉の緊張を緩め、血管を拡げて血圧を下げます。血管が広がるので、血流をよくする効果もあります。

この薬と類似の作用を、ミネラルであるマグネシウムが発揮するというのが、先の言葉の意味です。実際に、マグネシウムによって血管壁が拡がり、血圧の降下作用が得られることがわかっています。

血管壁は、その細胞にカルシウムが作用することで緊張が高まるしくみになっています。

カルシウム拮抗薬は、名前の通り、カルシウムの代わりとなって血管壁に作用して緊張を緩めます。マグネシウムも同じように、カルシウムの代わりに作用して血管壁を緩めるのです。

その後の研究で、マグネシウムは、このカルシウム拮抗作用を含め、大きく3つの働きで血圧を下げることがわかりました。

その2つ目の作用は、自律神経への働きかけです。

自律神経には、活動状態を作る交感神経と、リラックス状態を作る副交感神経があり、交感神経の働きが強まると血圧が上がります。

現代人には、必要以上の緊張やストレスから、交感神経が強まって血圧上昇を招いている人が多くみられます。それに対してマグネシウムは、交感神経の過剰な働きを抑えて、血圧を下げる働きをするのです。

心筋梗塞の改善や心不全の予防にも有効


3つ目は、副腎に関わる働きです。私たちの腎臓の上には、副腎という小さな臓器があり、そこからアルドステロンという血圧を上げるホルモンが出ています。マグネシウムは、このホルモンの分泌を抑えて血圧を下げる働きをします。

このようにマグネシウムには、薬に負けないほどのすばらしい働きがあるのです。

研究を進めるほど、そのことがわかってきたので、私たちは、マグネシウムの心臓への作用を調べる動物実験も行ってみました。

その結果、心筋梗塞の改善や、心不全の予防などにも、マグネシウムが効果を発揮することがわかっています(詳しくは後述)。

マグネシウムが血圧を下げる3つの理由

血管壁の筋肉の緊張を緩め、血管を拡張する

自律神経のバランスを整える

血圧を上げるホルモンの分泌を抑制する

いかがでしょうか。ミネラルの中ではあまり知られていないマグネシウムですが、実はこのように多くの働きを持っています。

マグネシウムは、健康維持や病気予防のために、しっかりとっていただきたいミネラルです。

特に、高血圧や心臓が気になる人は、血圧のコントロールや血流改善のために、さらには循環器系の病気を防ぐために、日頃から意識的にマグネシウムを摂取していただきたいと思います。

マグネシウムを多く含む食品については、次の項でご紹介いたします。それらの食品群を見ていると、かつての日本では多量に食べられていましたが、近年は極端に摂取が少なくなっています。そのことがマグネシウム不足を招き、心臓病の増加につながっているという見方もあります。

これらの食材を、ぜひ積極的にとりましょう。

心臓を守る物質を活性化して梗塞を防ぐ

マグネシウムには、高すぎる血圧を下げ、血流をよくする作用があることが知られています。

そこで私たちは、心臓にもよい働きをするのではないかと考え、心臓病に対するマグネシウムの作用を調べる2つの動物実験を行いました。

1つ目は、ウサギを使って心筋梗塞に対する効果を調べた実験です。

心臓の周りには、心臓自体に血液を送っている冠状動脈という血管があります。冠のように心臓を取り巻いているので、この名前があります。

この冠状動脈が、動脈硬化などで詰まると、心臓に血液が行かなくなって心臓の筋肉が壊死(組織の一部が死ぬこと)します。これが心筋梗塞です。「梗塞」とは、本来、その動脈が養っていた部分が、血流が途絶えたために壊死するという意味です。

この実験では、まずウサギを、

①マグネシウムを投与しない対照群
②低用量のマグネシウム投与群
③通常用量のマグネシウム投与群
④高用量のマグネシウム投与群
の4つに分けました。投与は血液中への注射です。

その上で、どの群のウサギも同じように、冠状動脈の一部を縛って心筋梗塞を起こさせました。血管を縛るので確実に心筋梗塞が起き、通常は、その動脈が養っている部分がすべて壊死します。

ところが、マグネシウムを投与したウサギは、その投与量に比例して、梗塞部分が少なくて済んだのです(グラフ参照)。血流が途絶えたにもかかわらず、マグネシウムが梗塞の範囲を狭く抑えたわけです。

マグネシウムの心筋梗塞軽減効果


出典:Cardiovascular Research 2002; 54: 568-575.より改変

なぜこうした効果が得られたのでしょうか。

心筋梗塞が起こると、心臓からは「アデノシン」という物質が大量に出ます。これは、心臓が自分を守るために出す物質で、心筋を保護して梗塞を防ぐ作用を持っています。

アデノシンを作るには酵素が必要ですが、マグネシウムには、その酵素の働きを高める作用があります。そのため、マグネシウムを多く投与した群ほど、アデノシンが十分に出て、梗塞部分が小さく抑えられたのです。

その証拠に、マグネシウムと同時にアデノシン合成酵素の阻害薬を投与すると梗塞の大きさは対照群と同じになりました(上図の右端の棒グラフ)。

心臓のポンプ作用の機能が衰えるのを防ぐ

次に私たちは、心不全に対するマグネシウムの作用を調べるために、イヌを使った実験も行いました。

心臓は全身の血液を送り出すポンプですが、長年の高血圧など、何らかの理由で心臓への大きな負担が続くと、疲れ果ててポンプとしての機能が落ちてきます。これが心不全で、全身に血液が十分に送られなくなる深刻な状態です。

実験では、心臓を頑張らせるカテコラミンという物質を、長時間、イヌに投与して、心不全を起こさせました。

ところが、このときにマグネシウムを投与すると、同じようにカテコラミンを投与しても、心臓のポンプ作用の衰えが抑制され、心不全を防げるという結果が出たのです。

心臓が頑張るときには、心筋の細胞に多量のカルシウムが流入します。マグネシウムは、その代わりとして心筋の細胞に入り、心臓の働きを調整し、心不全を防ぐと考えられます。

このように、心筋梗塞と心不全という2つの病気の抑制に、動物実験とはいえ、マグネシウムが効果を発揮することがわかったのです。

納豆はひきわりより大豆丸ごとがお勧め

2つの実験は、血液中にマグネシウムを投与した結果なので、食事でのマグネシウム摂取と同一視はできないものの、心臓にとってマグネシウムがいかに重要な栄養素であるかを示しています。

日頃から十分にマグネシウムをとることが、心臓の健康維持に大切であることは間違いありません。

マグネシウムは、以下の食品に豊富に含まれています。

海草類(ノリ、コンブ、ワカメ、ヒジキなど)
大豆・大豆製品(納豆、豆腐、きな粉、豆乳、厚揚げなど)
ナッツ類(ゴマ、ピーナッツ、クルミ、アーモンドなど)
そば、未精白の穀物(玄米、分つき米、全粒粉など)
海水から作った自然塩


これらの食材は、食事の欧米化によって摂取量が減っているものばかりで、日本人に心臓病が急増した原因の一つだと考えられます。

世界での研究でも、硬水と呼ばれるマグネシウムの豊富なミネラルウォーターを摂取する地域ほど、心筋梗塞が少ないなど、マグネシウムと心臓病との関係を示唆する調査結果が多く出ています。

日本人の食事摂取基準に照らすと、現在の日本人の平均的な食生活では、1日に50~100㎎のマグネシウムが不足しています。

例えば、納豆1パックや豆腐半丁で50㎎のマグネシウムがとれます。食事やおやつとして積極的に取り入れるとよいでしょう。

マグネシウムは、熱には強いのですが、切り刻むと減るという特徴があります。そのため、納豆なら、ひき割りより大豆丸ごとでとるほうがおすすめです。

マグネシウムは、通常の食生活であれば、過剰の害はまず出ないミネラルです。サプリを使う場合でも、健康な人が普通のとり方をする分には心配ないでしょう。万一、過剰になったとしても、少し便が緩くなる程度です。

ただし、腎臓病の人は過剰症が出る場合もあるので、主治医に相談のうえでとってください

マグネシウムは、腸の中で水分を吸着して便の排出を促すので、腸にやさしい便秘薬としても使われています(便秘薬としての薬剤名は「酸化マグネシウム」)。便秘薬が必要なときは、できるだけこれを選ぶとよいでしょう。

なお、マグネシウムは、ストレスがかかると尿中への排泄量が多くなります。効率よくマグネシウムを摂取するには、日頃、上手にストレス解消することも大切です。

この記事は『ゆほびか』2023年3月号に掲載されています