悪い寝方は心臓病や生活習慣病にもつながる
私は沖縄県那覇市で歯科クリニックを開業する歯科医ですが、講演会やYouTubeなどを通じて、就寝時に「正しい姿勢」で寝ることの啓蒙活動も活発に行っています。
なぜなら、就寝時の「悪い姿勢」は、不眠や睡眠時無呼吸症候群といった睡眠障害や、頭痛、めまい、ふらつきの原因となるからです。それだけではありません。ときには、心臓病や脳動脈瘤、生活習慣病など、命取りになるような病気につながることもあります。
ここでいう「正しい姿勢」とは、あおむけに寝たときに、頭が反り返ることなく、あごをやや引いた姿勢のことをいいます。逆に「悪い姿勢」とは、あごが突き上がり、頭が反り返った状態です。
と言われても、どんな姿勢で寝ているか、自分ではわからないでしょう。しかし、正しい姿勢で寝ているかどうか、すぐわかる方法があります。それは「首のこり」です。悪い姿勢で寝ている人は、間違いなく首のこりがひどいのです。
首がこる原因は睡眠中の食いしばりや歯ぎしり
なぜ首がこるのでしょうか。その原因は、就寝中の食いしばりや歯ぎしりにあります。就寝中の歯ぎしりというと、「キシキシ」「カチカチ」と音を立てるものをイメージしますが、音を立てない食いしばりも歯ぎしりです。
自覚症状がない人もいますが、かなり多くの人が就寝中に歯の食いしばりがあります。特に、前のほうの歯にすり減りがある人、あごの関節にこりがある人は、ほぼ間違いなく食いしばりをしています。
就寝中の食いしばりは、ふだん、食事のときのかむ力に比べて、何倍もの強さで食いしばっています。また、寝ている間ですから、食いしばり続ける時間も長くなります。
そのとき、かみ合わせに問題があると、かみ合わせの中心軸がずれて、頭が反り返るようになります。悪い姿勢で寝るようになるわけです。受け口や奥歯が欠損している人は、前歯で強く食いしばるため、特に就寝中、首が反り返りやすくなります。
さらに、食いしばるとあごに大きな負担がかかるので、「顎関節症」になります。顎関節症になると、あごを動かすと痛い、音が鳴る、口が開きにくいといった症状が出ます。
あごの筋肉は、首、肩にもつながっているので、顎関節症があると首や肩がこりやすくなるのです。また、奥歯が欠損している人の場合、上下の前歯で強く食いしばるようになります。前歯でかむと、頭が後ろに反り返りやすくなります。
高齢者で入れ歯をしている人は、行きつけの歯科医から「入れ歯は外して寝ましょう」と言われると思います。私はこれをお勧めしません。寝ているときに歯がない状態になるので、上下の歯のかみ合わせが狂ったまま食いしばりをすることになり、結果、悪い姿勢になってしまう。つまり、頭の反り返りを招くからです。
夜中のトイレに起きるのは認知症の危険信号
悪い姿勢、つまり頭が反り返って寝ることが、なぜ万病の元になるのでしょうか。悪い姿勢で寝ると首がこります。この「首こり」が諸悪の根源なのです。
脳に流れ込んだ血液を心臓に戻す太い血管「内頸動脈瘤」が首の両サイドにあります(下図参照)。首がこると胸鎖乳突筋に圧迫され、流れが悪くなります。そうすると、脳に送られた血液を心臓に戻せなくなり、脳内部の血管内圧が上がります。そして、血管が膨れ上がることで起こるのが「頭痛(筋緊張型頭痛)」です。
高齢者の場合は、血液がドロドロになり、流れそのものが悪くなるので、血管内圧が上がりにくくなります。しかし、今度は脳内部の血流が悪くなるため酸欠を起こし、脳梗塞が起こりやすくなります。
比較的若い人でも、何十年も血管の内圧が高い状態が続くと、血管壁がもろくなってきます。これが、脳動脈瘤やくも膜下出血を起こす原因になります。また、首のこりは、脳と背骨の中を流れている液体「脳脊髄液」の循環も悪くしてしまいます。
脳細胞は日中、老廃物を出さずにため込んでいます。実は、睡眠中に昼間ため込んだ老廃物を排出しているのです。脳脊髄液は、頸椎、内頸静脈を中心に脳の老廃物を排出するという重要な役割を担っています。睡眠とは、いわば「脳のトイレ休憩」というわけです。
しかし、首こりによって内頸静脈や頸椎がブロックされると、脳脊髄液の循環も滞り、脳の老廃物が排出されなくなります。そうすると、脳の機能が低下し、不眠などを引き起こします。さらにこれが長期間蓄積されると、認知症へとつながっていくケースも多いのです。
夜中に何度もトイレに起きる、という人は要注意です。これはトイレに行きたくて起きているのではありません。就寝中、頭、首が反り返った状態だと脳脊髄液を流せないため、脳が脳脊髄液で圧迫され、脳が興奮し、目が覚めるのです。
私は長年の診療経験から、夜中に起きるのが1回までならセーフ、2回起きる人は黄信号、3回以上起きる人は赤信号! だと考えています。夜中、頻繁に起きる人は脳脊髄液の循環が悪い、将来の認知症のリスクが高い人だと思います。
枕を少し高くすると睡眠の質が上がる
それでは、「正しい姿勢で寝る」とはどういうことでしょうか。それは、「あごを少し引いて寝る」ことです。正しい姿勢で寝るためには、枕の高さが重要です。できるだけあおむけに寝て、枕を少し高めに調節すると、自然とあごを引いて寝られるようになります。
いまひとつ熟睡感がない、眠りが浅い気がする、いびきをかくという人は、「重ね枕」(下記参照)が有効です。重ね枕とは、枕を2つ重ねて、高くして寝ること。枕が2つない場合は、巻いたバスタオルを置いてもかまいません。
あごをひいた正しい姿勢で眠り脳脊髄液を流す重ね枕のやり方
さらに理想を言うと、介護用のリクライニングベッドのように背中が上がる機能のついたもので、上半身を15度上げて寝ると完璧です。敷き布団の上半身部分の下に毛布や座布団などを入れ、上半身が少し起き上がるような姿勢で寝れば、OKです。
寝る姿勢に気をつけると同時に、「首伸ばしストレッチ」を行って、首のこりをほぐすこともたいせつです(下記参照)。
どこでもできる簡単なストレッチですが、首の後ろ側にある僧帽筋などの筋肉がほぐれ、首こりが改善するとともに滞った脳脊髄液の循環を改善します。
僧帽筋をほぐして首のこりを取る「首伸ばしストレッチ」のやり方
頭の後ろで手を組み、そのまま手の重みで頭を前に倒す
首のこりを取ることでパーキンソン病まで改善!
それと並行して、「かみ合わせを治す」ことも重要です。首のこりは、そもそも「夜のかみ合わせ」が悪いことで起こるからです。
私のクリニックでは、前歯は当てず、奥歯だけが当たる独自に開発した「マーテルマウスピース」を用いた療法を実施しています。夜間の正しいかみ合わせを構築する、脳梗塞、認知症予防になりえるマウスピースです。
このマウスピースを使うと、就寝中に奥歯でしっかりとかみしめるので、頭の反り返りがなくなり、あごの関節疲労も取れやすくなります。基本的には、マウスピース療法は顎関節症治療になります。
寝る姿勢を正し、首の反り返りを治したことで、不眠や睡眠時無呼吸症候群のほか、いろいろな症状や不調が改善した人がたくさんいます。
例えば、70代の女性は、いっしょに旅行する友人から「いびきが大きいよ。病院で診てもらったほうがいい」と言われました。それで検査を受けたところ、睡眠時無呼吸症候群とわかりました。
治療のために、睡眠時にCPAPをつけるようになったのですが、それが嫌で私のクリニックを訪れたそうです。
あごと首のこりをほぐして、マウスピースでかみ合わせを治し、正しい姿勢で寝るようにしたところ、睡眠時無呼吸症候群がみるみる改善し、5カ月後には、医師からCPAPを外していいと許可が出ました。また、不整脈も大幅に改善し、とても喜ばれていました。ほかにも、熟睡できるようになった、睡眠薬が手放せたという人も多いです。
パーキンソン病の症状が出ていた60代の女性は、夜に睡眠薬を飲んで寝ても20~30分に1回は目が覚め、昼間はスッキリせず、ぼんやりするという状態で、私のクリニックに相談に見えました。
このかたも首のこりをほぐして、マウスピースでかみ合わせを矯正し、正しい姿勢で寝るように指導しました。すると、1年後には、薬を飲まなくても熟睡できるようになりました。
パーキンソン病の症状も改善して、ついには仕事復帰まで果たしました。現在は毎日ウォーキングをするほど、体力も気力も上向いているそうです。
睡眠不足、いびき、首のこり、顎関節症……「たいした症状ではない」と放置すると、大きな病気につながりかねません。知らないうちに首のゆがみから脳の血行障害、脳脊髄液の循環障害を引き起こし、脳梗塞、認知症へとつながりやすくなるのです。
睡眠障害、肩こり、首こり、いびきは「誰でも悩んでいる」ことではなく、寝る姿勢やかみ合わせを正すことで改善に導くことができます。睡眠のよしあしは、一生を左右すると言っても過言ではありません。よい睡眠を得るためにも、ここで紹介した方法をぜひ試してください。