脂肪肝は死に至る病
現在、日本人の成人の3人に1人が「脂肪肝」であると報告されています。
脂肪肝とは、肝臓に脂肪が多くたまった状態です。
昔は脂肪肝といえば、お酒の飲み過ぎが原因と相場が決まっていました(アルコール性脂肪肝)。
ところが近年、お酒をほとんど、あるいはまったく飲まないにもかかわらず、脂肪肝になる人が急増しています(非アルコール性脂肪肝)。
脂肪肝になっても、ほとんどの場合は自覚症状はありません。
しかし蓄積した脂肪には毒性があり、肝臓の細胞を傷つけて、炎症を引き起こすことがあるのです。非アルコール性脂肪肝の人のうち、1〜2割のかたが「非アルコール性脂肪肝炎(NASH)」になります。
肝臓は再生能力が強く、細胞が壊死しても何度も修復されます。
しかし、修復が繰り返されるうちに線維組織が増え、肝臓が硬くなっていくことが起こります。これが「肝硬変」です。NASHになると、5〜10年の間に1〜2割のかたが肝硬変に至ると言われています。
さらに、肝硬変になると、肝臓がんが起こりやすくなります。
昔は、肝臓がんの約9割はウイルス性肝炎が原因でした。今は肝炎ウイルスの治療が進歩し、新たに感染する人も減ったため、ウイルスが原因の肝臓がんは減りました。
ところが一方で、脂肪肝を原因とする肝臓がんが、どんどん増えてきています。
脂肪肝を放置していると、肝硬変や肝臓がんなど「死に至る病」につながる――まず、そのことを認識していただきたいと思います。
肝臓外科医の私が食事指導する理由
私は肝臓外科医ですが、週に1回、肥満と脂肪肝の専門外来「スマート外来」で、患者さんのダイエット指導をしています。
なぜ、外科医がそんなことをと、不思議に思われるかもしれません。
きっかけは、生体肝移植のドナー(提供者)への指導でした。
生体肝移植は、末期の肝硬変などの患者さんの肝臓を摘出し、健康なドナーの肝臓の一部を切り取って移植する外科治療です。前述のように肝臓は再生能力が高く、手術後に患者とドナーの肝臓それぞれが元の大きさにまで戻ります。
肝移植を必要とする患者さんは、国内で年間300〜500人ほどいます。しかし、ここに問題が立ちはだかりました。ドナーに脂肪肝があると、移植した肝臓がうまく働かないことが判明したのです。
ドナーになるには、組織を採取して調べる肝生検で、肝脂肪率が10%以下であることが求められます。エコーやCTでは、30%以上の脂肪肝しか見つからないため、画像検査で「脂肪肝はない」とされていた人も、生検の結果、ドナーになれないことがあります。
肝移植を受ける患者さんの多くは余命が6カ月以内ですから、時間がありません。
そこで、生体肝移植に携わる世界中の医師や研究者が「ドナー候補の脂肪肝を短期間で確実に改善する方法」を研究しました。
そうして判明した方法は「食事の改善」でした。食事を改善して、やせれば、脂肪肝は確実に治ります。このことは国内外で数々の論文が発表され、証明されています。
「なんでもしますからドナーにならせて」
私も長年、生体肝移植に携わってきました。
ドナー候補は、ほとんどの場合、ご家族です。患者さんを助けたい一心なのに、脂肪肝で移植できないとわかり、泣き崩れる姿を何度も見ました。「なんでもしますから、ドナーにならせてください」という言葉に突き動かされ、私も数々の文献を読みあさり、ダイエット指導にあたるようになったのです。
必要なのは、ドナー候補の健康を損ねることなく、短期間で肝臓から脂肪を落とすこと。もし失敗すれば、レシピエント(移植を受ける人)の死に直結します。
ですから、ドナー候補の皆さんも、私も必死に取り組みました。その結果、私が指導したドナー候補は全員が脂肪肝を克服して、レシピエントを助けることに成功しました。
この経験から、脂肪肝は、適切な食事により、わずか3カ月で改善できると、私は確信したのです。
生体肝移植ドナー指導で培った食事指導は、もちろん、一般のかたにも有効です。食事によって脂肪肝を改善すれば、将来的にどれほど多くのかたが救われることでしょう。そうした思いから、2017年に「スマート外来」を立ち上げました。
それでは、具体的にどんな食事をすればいいのか? 次項から詳しく解説していきましょう。
肝臓をいたわればやせて健康になる!
私たちの「スマート外来」には、「肥満や脂肪肝、脂質異常などを指摘されているが、いっこうに改善しない」「何度もダイエットに挑戦したが、減量してもすぐ元の体重に戻ってしまう」というかたが多く訪れます。そんな皆さんに、私たちが提案しているのが「肝臓をいたわる食生活」です。
肝臓をいたわれば、肝炎や肝硬変の予防のみならず、さまざまなよいことがあります。
まず、肝臓の機能が高まると、代謝がよくなります。
実は、肝臓は人体の全臓器で最もエネルギーを消費します。その消費量は、基礎代謝のなんと27%。代謝を上げるには、運動で筋肉量を増やすことと同様、肝臓の機能をよくすることも大切なのです。
そして、肝臓は、体に蓄えられた栄養をブドウ糖に変え、細胞のエネルギー源にする「糖新生」という働きをしています。
体に食べ物が入ってこないと、まず、筋肉と肝臓に蓄えられたグリコーゲンがブドウ糖に変換され、エネルギーとして使われます。
グリコーゲンが消費され始めると、それがシグナルとなり、次に脂肪が分解されます。
肝機能が低下すると、この糖新生の働きも低下するので、やせにくくなる可能性があるわけです。
肝臓は、体内の有害物質を、毒性の低い物質に変えて排泄する「解毒」の役割も担っています。ですから、肝臓の機能が低下すると、有害物質が十分に排泄されず、疲労感や不調の原因となります。
さらに、病気から体を守る「免疫」の働きも担っています。
体内に侵入した病原体などを食べる免疫細胞のマクロファージは、全体の約80%が肝臓にあります。
がん細胞やウイルスに感染した細胞を攻撃するNK細胞も肝臓に常在しており、その攻撃力(NK活性)は肝臓が最大です。
肝臓の機能が低下すると、こうした免疫力も弱まるのです。
肝臓をいたわることで「代謝力・脂肪分解力・解毒力・免疫力」という、私たちが健康に生きていくために欠かせない力も回復します。
実際、脂肪肝の改善につれて、体のだるさ、疲れやすさ、肌荒れなどの体調不良も、徐々に解消していくかたが多いです。
最初の1カ月で2㎏減量できるかが鍵!
「肝臓をいたわる食生活」を実践する上で、最も重要な鍵となるのが、「最初の1カ月で2㎏減量できるかどうか」です。
脂肪肝は、減量ができれば確実に改善します。
組織学的に、7%の体重減少で、肝細胞から脂肪が減少すると明らかになっています。
10%体重が減れば、肝臓の線維化も改善すると報告されています。
減量後のBMI(肥満度を表す指標。18・5〜25が普通体重。計算の仕方は下記参照)が25以上でも、脂肪肝は改善します。
※BMI = 体重㎏ ÷ (身長m)2 身長160㎝で体重80㎏の場合、80÷(1.6の2乗)=31.25 BMIは約31となる
適正体重 = (身長m)2 ×22 身長160㎝の場合、(1.6の2乗)×22=56.32 適正体重は約56㎏となる
例えば、身長160㎝で体重80㎏の人が、7%減量して74・4㎏になると、BMIは約29となりますが、それでも脂肪肝の改善効果はあるわけです。10%の8㎏減量すれば、線維化も改善します。
では、体重の7%を減らすには、どんなペースがいいでしょうか。
私たちの外来では、原則として「最初の1カ月で2㎏減量、3カ月継続して6㎏減量を達成し、6カ月維持」を目標にしています。
1カ月に2〜3㎏ペースの減量なら、体にさほどの負担がありません。
一方、これよりゆっくりなペースだと、改善効果が低くなる可能性があります。
ある程度、短期間で減量したほうが、細胞の解糖能(糖を代謝しエネルギーを作り出す能力)が高まるのです。「細胞の力がよみがえる」と言ってもいいでしょう。
私たちの外来にいらした患者さんのうち、糖尿病のないかたの9割、糖尿病のあるかたを含めても8割の人がこの目標を達成しています。
達成できなかった人の共通点を調べると、「1カ月目に2㎏減量」ができていなかったことがわかりました。減量すると決めた最初の1カ月、新しい習慣を実行できるかが、成功の鍵というわけです。
脂肪肝を撃退!「5つの極意」
私たちが外来で指導しているダイエット法の要点をまとめたのが、次の「5つの極意」です。
❶1日1回体重を量る
毎日、体重を量り、記録しましょう。自分の体重変化のパターンを見つけるためにも大切です。
❷砂糖水と加工食品をやめる
砂糖水(加糖飲料)は、肥満や脂肪肝を引き起こす元凶です。スナック菓子やカップ麺など、さまざまな添加物を含む加工食品も同様です。
❸ご飯の量を半分に
精製糖質(白米、白パン、麺)を今食べている量の半分にしましょう。糖質は1日130g以内に抑えるのがポイントです。
❹たんぱく質は大豆・魚・鶏を優先
たんぱく質と野菜(食物繊維)を優先的に食べるのが、肝臓をいたわる食事のポイント。ただし、たんぱく質も過剰にとれば害になります。肝臓によい良質なたんぱく質を選んで取るのがいいでしょう。
➎ご飯の量を半分に
私たちが行った研究から、肥満・脂肪肝の人は、野菜の摂取量が日本人の推奨摂取量の約半分であるとわかりました。食物繊維をとる上でも野菜は重要です。