短時間睡眠だと食欲を増すホルモンが分泌
私は、米国・スタンフォード大学で、睡眠・覚醒のメカニズムについて研究を行って30年になります。
『スタンフォード式 最高の睡眠』という本を出版し、その中で「睡眠負債」という言葉を紹介したところ、たいへんな反響をいただき、流行語大賞の候補にもなりました。
睡眠負債とは、日々の睡眠不足が借金のように積み重なることです。
ここでは、睡眠負債になると何が怖いのか、医学的なデータをもとに明らかにしたいと思います。
それはズバリ、肥満、糖尿病、ガン、認知症を引き起こす原因になることです。また、短時間睡眠の人は、寿命も短い傾向があります。
まず、肥満についてですが、短時間睡眠の女性は、肥満度を表すBMI値(体格指数)が高いという研究結果があります。
その理由としては、眠らないと、食べすぎを抑制する「レプチン」というホルモンが出ず、食欲を増す「グレリン」というホルモンが出ることが大きく関係しています。
スタンフォード大学の学生と断眠の実験をしたときのことですが、夜間に起きているとおなかが空いて、食べ物を買ってきて食べてしまうということがありました。
これは起きている時間が長いから食べてしまうのではなく、ホルモンの分泌により、摂食の異常な状態が起きてしまっているのです。
やせたければ、まずは睡眠不足を解消しなければなりません。
また、眠らなければ、自律神経の交感神経の緊張状態が続き、高血圧になります。血糖値の異常も起こり、インスリンが正常に働かなくなって、糖尿病を招く可能性も高くなります。短時間睡眠は、生活習慣病にも直結しているのです。
「年をとると、活動量が減るので、短時間睡眠でもいい」という説がありますが、それは間違いで、病気にかかりやすい高齢者こそ、しっかり睡眠をとって、ホルモンの分泌異常を防がなくてはなりません。
さらに、眠らないと、精神が不安定になり、うつ病、不安障害、アルコール依存、薬物依存の発症率が高くなることもわかっています。
脳の老廃物が排出されず認知症リスクがアップ
脳を使うと、どんどん老廃物がたまりますが、それを効果的に除去してくれるのが睡眠です。
脳の中にある脳精髄液が水の取り込みを行っていて、老廃物を洗い流してくれるのです。
この洗い流す働きは、起きているときと比べて、睡眠中は4~10倍ほども活発になることがわかっています。日中の老廃物除去だけでは追いつかず、睡眠中のまとまったメンテナンスが私たちの脳をクリアにしてくれているのです。
脳の老廃物がきちんと排出されないと、アルツハイマー型認知症を引き起こす可能性もあります。
私たちのラボが行った実験では、アルツハイマー型認知症になりやすい遺伝子を持ったマウスの睡眠を制限すると、アルツハイマー型認知症の原因物質の1つである「アミロイドβ」がたまりやすくなることがわかりました。
アミロイドβは、寝ているときに効率よく除去されますが、ずっと起きていると排出されないままになるのです。
そのあと眠ると、アミロイドβはまた排出されるのですが、慢性の睡眠不足の場合、脳の中にアミロイドβが沈着して、もう排出されなくなってしまいます。
最近は、人間の場合でも、「睡眠障害とアルツハイマー型認知症のリスク」の研究データが発表されています。
また、国立精神・神経医療研究センターによる「昼寝の習慣と認知症の発症リスク」の解析では、30分未満の昼寝をする人は、昼寝の習慣がない人に比べて、認知症発症率が約7分の1でした。
30分から1時間程度の昼寝をする人も、昼寝の習慣がない人に比べて、発症率が約半分でした。
一方で、1時間以上昼寝をする人は、昼寝の習慣がない人に比べて、発症率が2倍も高いという結果に。仮眠をとるなら、20分程度にするのがベストでしょう。
睡眠不足によってガンなど異常な細胞が増える
睡眠負債は、ガンのリスクも増大させ、深刻な病気につながる可能性もあります。
人間の体の細胞分裂は、生体リズムの影響を受けています。そのため、ガン細胞など異常な細胞が完成される頻度は、睡眠不足によっても増えるのです。
また、睡眠は、免疫とも深く関わっています。睡眠が不適切になると、免疫の働きもおかしくなり、ウイルスや異常な細胞を除去できません。
その結果、カゼ、インフルエンザ、ガンなどの免疫に関わる病気になるリスクが高まってしまいます。
実際に、インフルエンザの予防接種をして眠らなかった場合、抗体ができにくくなることもわかっていて、病気を防ぐうえでも、良質な睡眠は欠かせないものなのです。
また、アレルギーやリウマチなどの免疫の病気も、きちんと睡眠がとれていないと、症状が悪化する危険があります。
最初の90分を深く眠るのがスタンフォード式睡眠の肝
皆さんの中には、日頃の睡眠不足を解消するために、週末の寝だめを行っている人もいるかもしれません。しかし、週末の寝だめでは、「睡眠負債」は解決しないことがわかっています。
実験によると、自分に必要な睡眠時間が毎日40分不足する生活を長く続けていた場合、この睡眠負債を返すためには、毎日14時間ベッドにいるのを3週間続けなくてはいけません。
このような返済法は、現実には難しいので、睡眠時間を確保できない場合は、いかに睡眠の質を高めるかが重要となってきます。
そのためには、寝始めの90分で、いかに深い眠りが得られるかがポイントになります。
私たちの睡眠のリズムは、入眠から約90分間ノンレム睡眠が続き、90分後、最初のレム睡眠が現れます。
ノンレム睡眠の深さは、レベル1~4がありますが、1回目のノンレム睡眠が最も深くなっています。
6~7時間眠る場合は、90~120分のスリープサイクルを第4周期まで4回ほど繰り返すのですが、その質は、最も深い第1周期の質で決まります。
つまり、何時間寝ても、最初の90分が崩れれば、眠りも総崩れになってしまうのです。
また、成長ホルモンの7~8割が分泌されるのが、この最初の90分のノンレム睡眠時です。
成長ホルモンは、細胞の成長、骨の増殖、アンチエイジングなど、子どもだけでなく、大人の健康維持にも味方になってくれる物質です。
免疫力のアップや、脳の老廃物の排出にも、ノンレム睡眠が大きな役割を果たしており、最初の90分を深く眠ることは、病気やアルツハイマーの予防にも役立ちます。
ですから、皆さんには、最初の90分の眠りの質を高めてもらうために、次の4つの方法を実践していただきたいと思います。
入浴・寝具・朝の光などで睡眠の質を上げる
まず1つめは、「入浴」です。
深い睡眠に効果的なのが、「深部体温」を一時的に大きく上げて、大きく下げること。これができるのが入浴なのです。大きく下がるときが入眠のベストタイミングで、入浴後90分が目安になります。そのため、寝る90分前に入浴を済ませておくと、スムーズに入眠できます。
お風呂に入ってすぐ寝たいという人は、シャワーだけ、または40℃未満のぬるいお湯に15分以内で入り、深部体温の上げ下げの時間が短くなるようにします。
2つめは、眠くなったら「宿題は朝」にすること。眠気をこらえて作業をしても、その後、集中していた脳は興奮して入眠のタイミングを逃しており、最初の90分の深い睡眠が得られません。
それならば思い切って寝てしまい、睡眠時間が短くなっても深い睡眠をとった後に起きて作業をするほうが、頭もえ、翌日の疲労感もさほど感じないでしょう。
3つめのポイントは、「寝具」です。睡眠中は脳を休めなければならず、休めるには温度を下げたほうがいいのです。
通気性がいいと温度が下がるので、アレルギーの問題がなければ日本のそば殻枕はとてもいい枕と言えるでしょう。
パジャマについては、私の愛用のものを次のページで詳しくお伝えいたします。
4つめは、朝起きたときの行動です。覚醒のスイッチとなるのが光と体温。天気に関わらず「朝の光を浴びること」は、メラトニン(眠りを誘うホルモン)の分泌を抑制し、覚醒を促してくれます。
また、自然に上がっている深部体温と皮膚温度の差を広げることが覚醒につながるので、起きた後は裸足で歩いたり、冷たい水で手を洗ったりするのもいいでしょう。
これらの4つを実践して、ぜひ質のいい睡眠を手に入れてください。