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【癒やしの音色】潜在意識とつながり瞑想状態へ誘う”聴く禅”で脳も心もリラックス|虚無僧尺八「倍音ヒーリングCD」

【特別掲載】水晶画家・青山京古さん描き下ろし作品「虚空」
【特別掲載】水晶画家・青山京古さん描き下ろし作品「虚空」

虚無僧は禅の修行のために尺八を吹いていた

『ゆほびか』2022年8月号の付録『虚無僧尺八「倍音ヒーリングCD」』は、現代ではほとんど使われなくなった「地無し尺八」を演奏しているのが特徴です。独特の音色に魅力があり、耳を傾けているだけで瞑想をしたときのように心が落ち着き、安らげることと思います。

「地無し尺八」とは

そもそも地無し尺八は、江戸時代に虚無僧が悟りを得ることを目的に吹いた法具(仏事に用いる道具)です。虚無僧は「普化宗」という禅宗の一派の修行僧です。深い編笠をかぶり、尺八を吹きながら全国を歩き渡る姿を、時代劇などで見たことがあるでしょう。

虚無僧にとっては、尺八を吹くことが修行で、「吹禅」と呼びます。読んで字のごとく「吹く禅」というわけです。

しかし、明治時代に普化宗はいったん政府によって廃宗とされ、尺八も大きく変化します。

現代において一般に演奏されているのは、明治時代に作られた「地有り尺八」です。竹の中にうるしと砥粉を塗って加工したもので、澄んだ音色になり、音量も大きく、音程も取りやすくなります。ほかの楽器との合奏もしやすいので、地有り尺八が主流になっていきました。

それに対して、地無し尺八は、竹の中の節を抜いただけの素朴な作りです。息の吹き抜ける効率が低いので音量は小さく、また、演奏者がコントロールしきれない成分が音に入り、ほかの楽器と調律を合わせるのは困難です。

でも、実はこの「コントロールしきれない音」こそが重要なのです。

地無し尺八作りに竹林から掘り出したばかりの竹。
竹林はそれ自体が根でつながっている一つの生命体だという

人間がコントロールせず自然に寄り添う音色が魅力

地無し尺八の音には、非常に豊かな「倍音」が含まれます。倍音とは、音程として聞こえる音(基音)以外の音の成分で、楽器の音色を生み出します。同じ音程の「ド」の音でも、ピアノとバイオリンでそれぞれ音色が違うのは、倍音成分が異なるからです。

一般に、西洋の楽器は音程がはっきりするように、基音に対して規則的な(整数倍の)倍音を多く含みます。一方、地無し尺八や各地の民族楽器などは不規則な(非整数倍の)倍音成分が多く、独特のうねりや揺らぎのある音色になります。先ほどの「コントロールしきれない音」の成分によるものです。

実は、私たち人間は、こうした複雑な揺らぎのある音にこそ「自然」を感じます。というのも、そもそも自然界の音――川のせせらぎや風の吹く音、鳥や虫の鳴き声などが、揺らぎのある倍音構成になっているからです。反対に、倍音の少ない電子音や機械の動作音などは、不自然で不快に感じられます。

地無し尺八の音色は、それだけであたかも自然の中にいるような感覚を覚える響きです。しかも、一本、一本に異なる個性的な音色がします。近代の尺八は、同じ吹き方である程度、似た音が出せますが、地無し尺八は竹の個性に合わせて、吹き方を変えねばなりません。

私たち人間のほうから竹に寄り添い、「自然界に入れてもらう」という感覚で演奏するのです。

音とともに自然の中に溶けていく一体感

私はもともと倍音が豊かな音が好きで、「倍音S」という音楽ユニットを仲間たちと結成し、民族楽器やホーメイを担当していました。

ホーメイはトゥヴァ共和国に伝わる歌唱法で、声に含まれる倍音をコントロールし、独特の歌声を出します。2000年に本場トゥヴァ共和国で行われたホーメイコンテストに参加したとき、現地の人とセッションする機会があり、「今度は日本の伝統楽器も持ってきたら?」と言われました。でも、私は日本の伝統楽器に触れたことがなかったのです。

そこで帰国後、尺八を始めたのです。最初は私も地有り尺八を練習しました。ですが、2002年に知人の紹介で奥田敦也先生の地無し尺八を聞き、「これだ!」と思いました。幽玄な音色が広がり、あたかも自分が音とともに自然の中に溶けていくような一体感を感じたのです。そこで奥田先生に師事し、地無し尺八を始めたというわけです。

音の中に悟りを見出す「一音成仏」

地無し尺八の演奏は難しく、最初は満足に音が出ないことに苦労します。私は定期的に「吹禅瞑想会」というイベントを開催しており、参加者に地無し尺八を吹いてもらいますが、皆さん、まず音が出ません。でも、出なくてもよいのです。

注意深く竹の中に息を吹き込んでいると、「シュルシュル……」と風の吹くような音が鳴ったりします。そうした音を聞きながら、自分の呼吸を観察することが大事です。呼吸が整ってくると、だんだんと自然に音になっていきます。逆に「音を出そう」という意識が強すぎると、うまくいかないものです。

たまたまいい音が鳴ると生徒さんは喜び、もう一度、同じように音を出そうとしますが、力むと、音は出なくなります。そんなことを繰り返すうちに、しだいに無心になり、自分の呼吸と竹の音との間に一体感が生まれ、ゆったりとした、深い呼吸になっています。このときに自然と瞑想状態に入っています。無心に尺八を吹くことが、呼吸法や瞑想になるわけです。それを体験してもらうのが吹禅瞑想会です。

地無し尺八には、「一音成仏」という言葉があります。簡単に言えば「一つの音の中に悟りがある」という意味です。

例えば、西洋の音楽はメロディーが主体になりますが、地無し尺八は「音色がすべて」です。音に意識を集中すると、一つの音の中に幾重にも複雑に音が重なっていることに気づきます。先ほど話した倍音成分の効果ですが、そうした音の広がりの中に、どんどん自分が入り込んでいくような感覚が得られるのです。

虚無僧たちにとっては、それが自らの内面の世界に入り、悟りの境地にいたる方法だったのでしょう。

虚無僧尺八「倍音ヒーリングCD」楽曲解説

さて、付録のCDには、今回『ゆほびか』のために新たに録り下ろした音源を収録しています。

江戸時代に虚無僧たちが吹いていた曲の中でも特に重要とされ、「古伝三曲」と総称される『虚空』『霧海篪』『虚鈴』の3曲に加え、やはり古くから名曲とされる『手向』『瀧落』の計5曲です。前述のように、地無し尺八を吹くこと自体が修行だったので、これらの古典曲は音楽として楽しむというよりも、音と呼吸を通じて瞑想することを目的に作られているのだと考えられます。

1 /虚空(古伝三曲) 12:01
2曲目「霧海篪」3曲目「虚鈴」と並び、重要な尺八古典本曲、古伝三曲(三虚霊)のうちの1曲。悟りの境地を示すとされる。伝承では、中国から尺八を持ち帰ったとされる法燈国師心地覚心の弟子、虚竹禅師が作曲したと伝わる。今から700年ほど前の曲と言われているが、現在聴いても古さを感じさせない不思議な魅力を持っている。
2 /霧海篪(古伝三曲)10:13
虚竹禅師が托鉢をしながら旅している道中、伊勢の朝熊山の虚空蔵堂で休眠をとったとき、夢の中で霧が立ち込め天空から妙音(美しい音)を感得したという言い伝えのある曲。古伝三曲(三虚霊)のうちの一曲。
3 /虚鈴(古伝三曲) 9:02
普化宗の宗祖として祀られる普化禅師を慕った張伯は、弟子入りを乞うたが許されず、普化禅師が托鉢の行に振り鳴らす鐸(鈴)の音を模して吹かれた曲がこの「虚鈴」であったと伝わる。古伝三曲(三虚霊)のうちの一曲。
4 /手向 4:30
原曲は伊勢の普済寺系伝承と思われる。名称からして、故人を偲んで吹かれることの多い追善曲ともいわれている。
5 /瀧落 9:46
伊豆の国市大仁の龍源寺の旭滝の瀑布の音を基とし、源流の小さな流れが、さまざまな木々や岩にぶつかり滝となり大海に広がっていくように、人生の移り変わりや意識の広がりを感じさせる。生生流転の姿を表したものと古来名曲として伝わる。

聴いているだけで脳の疲れをリセット

実際、これらの曲を演奏したり、聴いたりしていると、「時間の軸が外れていく」ような感覚があります。普通は音楽を演奏していて気持ちが乗ってくると、しだいにテンポが速くなるものです。けれど、尺八の古典曲は、一定のリズムという概念がなく、だんだん、ゆっくりとしてくるのです。きっと呼吸や瞑想を通じて、体や心の状態もゆったりとするからなのでしょう。

また、地無し尺八は、音が鳴っていない「間」を重要視します。この空白の時間が、音が鳴っている時間と同じくらい、たいせつなのです。

音楽を聴いていると、普通は、周りのほかの音はじゃまに感じるものです。でも、地無し尺八の間に聞こえる音――例えば鳥の声や風の音、外を走る車の音や冷蔵庫の作動音でさえもが不思議と調和して聞こえるのです。いわば、「いま身の回りで起きている現象と自分が調和できている」という感覚で、まさに瞑想がうまくできたときと同じです。

付録CDを聴くことで、きっとその感覚が得られるはずです。最初は「1曲が長いな」と感じるかもしれませんが、しだいに音の中に包まれていくような、意識はあるけれども夢うつつのような感覚になり、「気がつけば終わっていた」という感じになると思います。

そして聴き終えた後には、「頭がスッキリしました!」「意識がクリアになりました!」といった感想がよく聞かれます。私たち現代人は四六時中、休む間もなく大量の情報にさらされているため、脳が疲弊しやすくなっています。地無し尺八の音に意識をゆだねる「空白の時間」を持つことで、そうした脳の疲れがリセットされるはずです。

奥深い地無し尺八の世界に触れ、ゆったりと安らぎ、また、心身の活力や意欲を回復する助けとしていただければと思います。

この記事は『ゆほびか』2022年8月号に掲載されています。