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【眠れる脳の作り方】眠りの浅い脳の部位を熟睡させる!専門医直伝の「脳番地快眠法」 (その1)

脳をぐっすり眠らせることは心身の病気や老化を防ぐ

 脳内科医の私が、もし30代や40代に戻れたら、ぜひやっておきたかったこと、それは「しっかり眠ること」です。

 私は中学時代から医学部を目指した高校時代、そして医師になり50歳を過ぎるまで、ずっと寝不足を続けていました。仕事や研究が忙しかったこともありますが、短い睡眠時間に疑問を感じていなかったのです。

 しかし、数年前から一生懸命学び、仕事をしているにもかかわらず、記憶力が悪くなってきました。それだけでなく、日々の生活実感も薄らいできたのです。

 近年、睡眠と脳に関する研究が進み、質のよい睡眠が脳にとっていかにたいせつなのかが、多くのデータから判明してきました。

 自分のこれまでの睡眠状況と、睡眠に関する最新の研究データを見るたびに、若い頃の私に「どんなに忙しくても、睡眠時間はしっかりとりなさい」と注意したくなるほどです。

 人はじゅうぶんな睡眠がとれなければ、脳の働きが悪くなり、体が思うように動かなくなります。6時間以内の睡眠が1週間続くと、2日間徹夜したのと同じ状態のパフォーマンスしか発揮できないという研究結果もあります。

 最新の研究では、寝不足が脳の機能を明らかに低下させることがわかってきました。

 これまで脳の機能維持や向上には、「コミュニケーション」「運動」「食事」など、日中に脳を活動させる、いわゆる脳の「昼活」が重要と言われてきました。しかし、実はそれだけでなく、睡眠という「夜活」も脳にとってはなくてはならないものだったのです。

 例えば、うつ病患者の8割以上は、不眠の症状も併発していると言われています。睡眠がじゅうぶんにとれていない「夜活不全」になっているわけです。

 見方を変えると、うつ病は脳の夜活がうまくいっていないサインとも考えることができます。

 夜活不全になると、必然的に昼活不全にもなります。

 脳の1日の活動サイクルをグラフ化すると、夜と昼できれいな波のようなバイオリズムを描きます(上図参照)。質のよい睡眠をじゅうぶんにとると、昼活もとても活発になります。逆に、夜間の睡眠がいまひとつだと、昼活も低い波になります。脳の力が発揮できなくなるわけです。

 不眠の治療をするとき、最初に行うのは、睡眠導入剤の処方ではなく、よい睡眠がとれているか、自分でチェックすることです。

「何時に寝て、何時に起きているか」「夜中に何回目が覚めたか」「朝の目覚めはどうか」などを1週間ほど書き記して、まず自分の睡眠の状態を知ってください。

睡眠時間が短いと認知症になりやすい

 最近の研究では、睡眠不足は、アルツハイマー型認知症と関係が深いこともわかってきました。

 2013年に米国医師会が発行する医学雑誌『JAMA Neuro logy』に発表された、米国ジョンズホプキンス大学の研究では、睡眠時間が6時間以下の人たちの脳には、脳細胞から排出されたペプチドのアミロイドβの沈着が多かったと報告されています。

 脳内にアミロイドβがたまると、神経細胞が死滅していくことがわかっています。そのため、これらの老廃物を速やかにすることが、認知症の予防につながると考えられています。

 この調査では、無作為に選んだ50~90代(平均76歳)の人たちを、睡眠時間が6時間以下、6~7時間、7時間以上の3つのグループに分けて、それぞれの脳に沈着するアミロイドβの量を測定しています。

 その結果、6時間以下の人たちのアミロイドβの量が最も多く、7時間以上のグループが最も少ないことがわかりました。

 また、睡眠時間の短さだけではなく、眠りが浅かったり、夜中に何度も目覚めたりというように睡眠の質が悪いほど、脳にアミロイドβが沈着することもわかりました。

 これらのことは、睡眠が脳の掃除の役割を担っていることを示唆しています。深くぐっすり眠ると、脳の老廃物の清掃がより効率的に行われ、アミロイドβがスムーズに脳内から排泄されるわけです。逆に、寝不足では、脳の掃除タイムがとれないということになります。

 寝不足状態が続けば、健康な脳であっても、認知機能の低下が始まります。また、認知症のほとんどは、一度発症すると、現代医学では完全に治癒することはかないません。

 だからこそ、質の高い睡眠で脳を掃除して、認知症のリスクを軽減することがたいせつなのです。

深い睡眠が記憶力を高める

 睡眠中に脳が行うことの1つに、「記憶の定着」があります。睡眠を脳波で判別すると、ノンレム睡眠とレム睡眠の2つに分類されます。ノンレム睡眠では、睡眠の深さにしたがって、さらに4段階に分かれます。

なかでも、大脳まで休息する最も深い睡眠が「除波睡眠」です。このときに、記憶が定着することがわかってきました。

 つまり、徐波睡眠がとれないと、記憶が形成されにくいのです。これまで記憶の定着は、浅いレム睡眠時に行われるという考えが一般的でした。しかし、深い睡眠も必要であることがわかってきたのです。

 記憶の定着には、大脳の側頭葉の内側にある「海馬」が関与しています(上図参照)。海馬は、寝不足によって傷つき、萎縮が起こります。海馬を萎縮させないためには、レム睡眠も徐波睡眠も必要、というわけです。

 アルツハイマー型認知症では、症状が進行すると、海馬とその周囲の萎縮が進むことがわかっています。

 睡眠不足で海馬が衰えると、経験したことをその場から忘れていくようになります。すなわち、出来事を忘れる、「出来事記憶」の低下が進みます。睡眠自体が、出来事記憶を頭の中で統合し、忘却しないことに役立っているのです。

ゴールデンタイムに寝ることが若さの秘訣

 さらに、深い眠りの徐波睡眠では、脳や体でホルモン物質の変動が起こります。脳内では、夜9時頃から睡眠ホルモンと呼ばれる「メラトニン」の分泌量が増加し、入眠します。

 メラトニンがじゅうぶんに出た後は、成長ホルモンの放出が起こります。成長ホルモンは、成長期だけでなく、ふだんから骨・筋肉・臓器・血液など、すべての細胞を作る指令を出しています。

 つまり、成長ホルモンの分泌が悪いと、新しい細胞が作られにくくなるのです。成長ホルモンは、入眠後の最初の深い睡眠で多く分泌されますが、浅い睡眠ではほとんど分泌されません。

 また、午後9時から午前3時頃までの睡眠では大量に分泌されますが、この時間帯を外すと、不思議なことに分泌量は大幅に減少します。この午後9時から午前3時頃までの時間を、「睡眠のゴールデンタイム」と言います。

 成長ホルモンが少ないと、体の修復がじゅうぶんにできません。結果として、活動後の回復が難しくなり、疲労が蓄積していきます。全身の細胞の新陳代謝が遅くなり、老化も早まります。病気になる確率も高まるのです。

 これは、ただ睡眠時間が長ければいいということではなく、成長ホルモンが出る睡眠のゴールデンタイムに深い睡眠をとることが、健康と若さを保つ秘訣となるわけです。

睡眠不足は高血圧や糖尿病、がんも招く

 寝不足は、脳だけでなく、全身をむしばんでいきます。米国ペンシルバニア州立大学が1741人を対象に行った研究では、6時間以上の睡眠のグループと比較して、5時間以下の睡眠のグループでは糖尿病になる確率が2・95倍、5〜6時間の睡眠のグループでは2・07倍に高まりました。

 また、米国アイオワ大学の研究では、大腸がんの患者の罹患前の睡眠時間を分析しました。その結果、5時間以下の睡眠のグループは、7~8時間睡眠のグループに比べて、大腸がんで死亡する率が54%増加したと報告しています。

 さらに、睡眠不足は高血圧も引き起こします。深い眠りの徐波睡眠に入ると、抗ストレスホルモンの「コルチゾール」の働きが低下し、血圧が下がります。コルチゾールは、朝5時~9時頃までに最も多く出るのですが、夜間は徐波睡眠とともに低下しています。

 しかし、徐波睡眠がとれなければ、コルチゾールの働きが低下せず、血圧も下がらなくなります。深く眠れない人は、血圧も高くなるのです。こうしたさまざまな脳や体の不調・病気を防ぐためには、脳を「寝不足脳」から「快眠脳」にチェンジする必要があります。

 しかし、寝不足脳と言っても、実は脳全体の眠りが浅いわけではありません。脳の特定の「脳番地」(後述)だけが眠りにつきにくいため、寝不足脳になっているということもよくあるのです。

 次回は、脳の各脳番地の働きと、あなたの脳の中で眠りが浅い脳番地を見つけ出す方法についてお話ししていきます。

(その2に続きます)