
昭和天皇の健康を支えた食事の力
かつて私は「昭和天皇の料理番」を務めていました。1974年から宮内庁大膳課厨房第二係に奉職し、昭和天皇・皇后両陛下のお食事づくりに従事していたのです。
大膳課に勤める前、私は老舗フレンチレストランの「代官山 小川軒」で修業していました。そこで、後にドラマ『天皇の料理番』のモデルになった宮内庁大膳課のコック長・秋山徳蔵さんが高齢のために引退されるという記事を読みました。
記事には、「天子さまに万一失礼があっては申し訳ない」という言葉が書かれていました。秋山さんの真摯な姿勢に感動した私は「天皇の料理番になりたい」と願ったのです。
その2年後、念願叶って大膳課で奉仕することになりました。大膳課の厨房は、フットサルコートのような広さです。天井は高く、天窓からは陽光が差し込んでくるという環境には驚きました。

旬の食材を丸ごと使い切る
大膳課の料理には三原則がありました。それは「焦がすな」「捨てるな」「腐らすな」です。
食材をまるごと使い切るために、料理の準備段階から工夫します。野菜の皮や葉はスープの具にし、鳥の骨もダシに使うなど、いっさいを無駄にしないのが、天皇家での調理の基本であり、伝統でした。
私が奉職したとき、昭和天皇はすでに70歳を超えるご高齢でした。そのため、厨房の告知板には以下のような文章が貼り出されていました。
●1日1800㎉で化学調味料はいっさい使用しない
●糖分は砂糖を使わず、果物で摂取
●ご昼食はデザートをお出ししない

砂糖を使わないのは、特に血糖値を気にされていたのかもしれません。
昭和天皇は在位60年を迎えられた85歳のとき、長寿の秘訣を尋ねられた際に、「医者の意見を尊重し、腹八分目の食生活に努めて、適当な運動をなし、規則正しい生活を努めています」と答えられました。
80代になってもお元気で公務をなされていたのは、食事の力とこの考え方が大きかったのだと思います。

天皇陛下から「非常においしかった」と伝言され大感激!
私は洋食担当でした。意外に思われるかもしれませんが、天皇家では1日2食は洋食です。ご朝食は必ず洋食、昼と夜は和食と洋食が交互にくるというスタイルでした。
後で実際に天皇陛下にお出ししていた大膳課のレシピをご紹介しますが、陛下はご高齢にもかかわらず、ハンバーグもカレーもお好きでした。特にカレーは2週間に1度はお出ししていたほどです。
「洋食は高カロリーで体に悪い」と思う人もいるかもしれませんが、天皇家の洋食の食材は、日本で取れる旬のものばかり。その土地で取れる食材は、その土地に住む人の体質に合ったものです。洋食も日本人に合った洋食が作れるのです。
大膳課には「御料牧場」から、有機野菜や、そこで飼育されている牛、鶏などの肉、バター、牛乳、生クリームなどが週2回送られてきました。食材がおいしいのでこってりしたソースを使う必要がなく、低カロリーに仕上げることができます。
陛下は出されたものは残さず食べ、料理の感想などを述べることはありません。しかし、ただ一度だけ、私が作った「鮎の千切りポテト衣焼き」にお褒めの言葉をいただいたことがあります。
陛下の食事が終わられる頃、私は北白川祥子女官長に声をかけられました。
「陛下からお言づけがございます。本日のご昼食で召し上がられた鮎のお料理が非常においしかったと、じかに当番に伝えるようにと、陛下がおっしゃっていました」
思いがけぬ言葉に、私は感激して涙が止まりませんでした。「これで辞めてもいい」と思ったほどです。
日本の旬の物をいただき、食材を無駄にしない天皇家のレシピを、皆さんの健康に役立ててください。
アンチエイジング効果があり疲れも取る鯛の千切りポテト衣焼き

材料(2人分)
鯛(3枚におろしたもの) 1匹
ジャガイモ(メークイン) 4個
塩コショウ 少々
サラダ油 15cc
バター 20g
大葉 4枚
作り方
❶鯛はまな板に並べて塩コショウをする
❷皮をむいたメークインを千切りスライサーで千切りにして、ボウルに移し、塩コショウする
❸①と②を合わせてラップをかぶせ、冷暗所にしばらく置いてなじませる
❹フライパンにまずサラダ油を入れ、次にバターを入れて、③に大葉を加えて焼く。回すようにして焼き色をつけていく
❺コツは千切りメークインを両面むらなく焼くこと。焼きあがったら、表面の余分な油分をクッキングペーパーで拭き取る

工藤シェフの一言メモ
昭和天皇から「非常においしかった」と異例のお褒めの言葉をいただいた一品です。毎年5~6月になると、各地から大膳課へ鮎が献上されます。私が奉職して2年目のとき、この鮎を使った料理を任されました。知恵に知恵を絞って作ったのが、鮎に千切りポテトを合わせたメニューです。陛下が召し上がったことがない仕立てだったこともあったのでしょう。お褒めの言葉をいただいたときは涙があふれて止まりませんでした。鮎以外にも、その季節に合わせた白身魚で簡単に応用できます。今回は鯛を使用しました。
たんぱく質豊富な牛肉で貧血も防ぐ大膳のハンバーグ

材料(2人分)
タマネギ 2/5個
卵 1個
牛乳 40㏄
パン粉 20g
牛ひき肉 200g
塩コショウ 少々
ナツメグ 1個
サラダ油 10㏄
赤ワイン 15㏄
作り方
❶タマネギを炒めて冷まし、卵、牛乳、パン粉を合わせる
❷牛ひき肉に塩コショウし、ナツメグを加え、①を入れたボウルの中でよく混ぜ合わせ、80gほどの大きさに整える
❸フライパンにサラダ油を引いて、ハンバーグを入れ、キツネ色に色づけして裏返す

工藤シェフの一言メモ
子どもも大人も大好きなメニューといえばハンバーグ。これは天皇陛下も例外ではありません。大膳でも牛、羊、鶏を使って、ハンバーグをお出ししていました。特に、牛ひき肉の場合、ローストすると、火が通っても中の肉汁が飛ばないので、中はきれいな赤色でジューシーなのが特徴です。通常のハンバーグは100~120g程度ですが、ご高齢の陛下にお出しするハンバーグは80gと小さめでした。羊や鶏で作る場合でも、作り方は基本的に同じです。
体を温め血液サラサラにする大膳のコンソメ

材料(4~5人分)
(1日目)
丸鶏 1羽
タマネギ 4個
ニンジン 2本
セロリ 2本
長ネギ 1本
ローリエ 2枚
粒コショウ 少々
(2日目)
牛すね肉 500g
卵白 2個分
ローリエ 2枚
タマネギスライス 適宜
粒コショウ 少々
作り方
【 1日目 】
❶1日目の材料を鍋に入れ、ヒタヒタになるくらい鍋に水を入れて、8時間火にかける
❷①をサラシでこして、1日目は終了
【 2日目 】
❸②に2日目の材料を混ぜ合わせたものを加えて煮る。ステパラで8の字を描くように混ぜながら煮る。アクが出るまでは強火で、色の変化を見ながら中火、弱火に
❹べっこう色になるまで煮詰めたら、2枚重ねにしたサラシでこして、塩で味を調える

工藤シェフの一言メモ
「店の格はコンソメスープを飲めばわかる」と言われるほど、どんな材料を使い、どれくらい時間をかけて作っているかで味に差が出ます。大膳では2日間かけて、澄んだ飴色のスープを完成させます。私の今の店でも唯一お出ししている大膳流のメニューです。