睡眠中の食いしばりによる「隠れ顎関節症」の人が多い
「顎関節症」と言うと、あごを動かすと異音や痛みが出る、口が開きづらいといった症状を、まず連想されるかもしれません。
しかし、これまでに2万人を超える患者さんの歯や口の健康状態を診てきた私からすると、こうした症状がまだ現れていない「隠れ顎関節症」「顎関節症予備軍」の人が、非常に多いのです。
私たちは夜間の就寝中、起きているときの2~3倍という、とても強い力で歯を食いしばっています。このとき、歯の噛み合わせに異常がない人はさほど問題はありませんが、噛み合わせに不具合があると、歯が当たる部分に強い力がかかり、あごにかかる負担が増大します。
特に、奥歯の噛み合わせが悪いと、前歯で強く食いしばることになるため、自然とあごが前に突き出て、頭が後ろにそり返った姿勢で寝ることになります。
これが毎晩、長年積み重なると、あご関節の周辺の筋肉がこって疲れるのはもちろん、あごからつながる首の筋肉も緊張状態が続き、首がこり固まってしまうのです。
「寝ているとき、私は歯を食いしばっていないはず」と思う人も多いでしょう。しかし、夜間の食いしばりは、深い眠りであるノンレム睡眠時に行われています。ノンレム睡眠中は脳が休んでいて意識がないため、食いしばりの自覚はありません。
口を開けて寝ている人やイビキをかいている人も、首のこりとは無縁ではありません。睡眠中に口が開いてしまうのは、頭がそり返った姿勢で寝ていて、下あごの筋肉が引っ張られるためです。
つまり、口を開けて寝ている人も、その前段階として、夜間の噛み合わせの不具合や、首の筋肉のこりの問題があるのです。
首がこると、脳内の血液と髄液の流れが悪くなる
毎晩のように食いしばりを行うと、知らず知らずのうちに、あごの関節疲労や、首の筋肉のこりが悪化していきます。首のこりが常態化すると、頸椎(首の骨)もゆがみます。頸椎の中でも特に、頭のすぐ下にある1番と2番がずれやすいのです。
首のこりや頸椎のゆがみは、全身にさまざまな悪影響を及ぼします。首の筋肉が硬くこると、首を通る太い静脈である内頚動脈などの血管が圧迫されます。内頸静脈が圧迫されると、脳に行った血液が戻りにくくなり、脳内の血管内圧(血液の流れる圧力)が上昇し、頭痛を引き起こすのです。
慢性的な頭痛の代表といえる「筋緊張型頭痛」は、こうした首のこりによる脳内の血流の悪化が大きな原因と考えられています。
脳内の血管内圧が上がると、脳の血管に大きな負担がかかり、脳動脈瘤や脳出血、脳梗塞などを起こすリスクも高まります。
首のこりによって血管が圧迫されていると、首の部分で血流がブロックされてしまうため、脳に血液を送り出す心臓にも大きな負担がかかります。これが長年続くと、不整脈や弁膜症などの心臓病につながる可能性もあります。
また、人間の脳は、脳髄液という透明な液体で満たされています。脳髄液は脳室という場所で作られ、脳内をゆっくりと循環して最後は静脈に吸収されて、ノンレム睡眠中に脳細胞が排出する老廃物を回収する役目があります。
首のこりがあると、脳髄液の循環も悪くなります。その結果、めまいやふらつき、耳鳴り、不眠などを引き起こすのです。
めまいやふらつきは、平衡感覚を司る内耳の三半規管の不調が影響しています。脳髄液の流れが滞ると、行き場を失った脳髄液が耳に向かい、三半規管のリンパ液が増えます。
これが、めまいやふらつき、耳鳴りにつながります。また、脳髄液の流れが滞ると、脳髄液が脳を圧迫し、眠りが妨げられてしまいます。
このように、睡眠中の噛み合わせの不具合から夜間の食いしばりが起こり、夜間の食いしばりが顎関節の疲労や首の筋肉のこりにつながり、頭痛やめまい、ふらつき、耳鳴り、不眠などの不調をもたらします。
夜間のマウスピース装着と首のこりをほぐすのが基本
そこで、私のクリニックでは、まず、検査をして原因を調べ、歯の噛み合わせやあごのこりの状態をチェックします。
噛み合わせに不具合のある人は、夜間の噛み合わせを矯正するために「マーテルスプリント」という独自のマウスピースを作製し、夜寝るときに装着してもらいます。同時に、顎関節や首のこりとゆがみを調整する施術も行います。
夜間の噛み合わせを正しい状態にして首のこりをほぐすと、夜間の食いしばりが解消され、頭をそり返して寝ることもなくなります。
すると、首の血管が圧迫されることもなくなり、脳の血液や脳髄液の流れも正常化します。その結果、ぐっすりと安眠できるようになり、頭痛やめまい、ふらつき、耳鳴りなどの症状もしだいに解消されていくのです。
「隠れ顎関節症」かどうかは指で押してみるとすぐわかる
あごのこりがあるか、「隠れ顎関節症」かどうかを自分で簡単にチェックできる方法があります。
耳たぶの裏側(あごの付け根)に中指をあてて、上に向かってグッと強く指を押し上げてみてください。このとき、痛みや不快な違和感のある人は、ほぼ間違いなく「隠れ顎関節症」です。夜間の食いしばりが強く、頭を反り返して寝ていて、首の筋肉もこっています。あごや首にこりのない人は、耳たぶの裏側をどんなに強く押しても痛くありません。
このほか、口を開けて寝ている人や、イビキをかいている人、立ったときに横から見ると頭がやや前方に突き出してネコ背ぎみな姿勢になっている人は、夜間、頭を反り返して寝ている可能性が高いので、要注意です。首の後ろ側の筋肉が緊張して、首のこりがますます悪化します。
頭を反り返して寝るのは、体に合わない枕が原因の場合もあります。仰向けに寝たとき、あごをやや引いた姿勢になる硬さや高さの枕を選ぶとよいでしょう。
首の後ろの左側を重点的にもみほぐすといい
首こりをほぐす方法として、私が患者さんに勧めているのが、首もみです。やり方は、まず、左手を頭の後ろに回して、後ろから首をわしづかみにします。このとき、左手の親指が当たる部分、つまり首の後ろの左側を、首の付け根から肩に向かって、指の位置をずらしながら強めの力加減でもみほぐしていきます。
首もみは、首の後ろの左側を重点的にもみほぐすのがポイントです。なぜなら、首を通る太い静脈である内頸静脈は、左右に1本ずつ走っていますが、左の内頸静脈は右の2倍の太さがあるからです。後ろ首の左側を重点的にもみほぐすことで、左の内頸静脈の圧迫が取れて、脳内の血液循環がスムーズになります。
頭痛持ちの人には、首もみは即効性のある頭痛解消法として有効です。ただし、もともと夜間の噛み合わせに問題がある人が首だけをほぐすと、寝違えを起こす恐れもあります。こりがほぐれて首の筋肉が柔らかくなった状態で夜間に食いしばりをすると、頸椎がずれて、寝違えを起こしてしまうこともあるのです。
私のクリニックでは、夜間の噛み合わせと首こりを改善する治療によって、さまざまな不調が改善しています。原因不明とサジを投げられた頭痛やめまい、ふらつきの患者さんの実に8割以上が改善し、耳鳴りはほぼ6割が改善しています。
眼圧が高く、目が痛む症状に5年近く苦しんできた人が、噛み合わせの矯正と首のこりほぐしで、眼痛が約2週間で消え、半年後には、眼圧が正常化したケースもあります。脳動脈瘤が消えた人や、心臓弁膜症が改善して手術を免れた人もいます。
私は、歯の噛み合わせの問題からくる首のこりが、さまざまな全身病の原因になっていると考えています。首のこりは全身の司令塔である脳の血流不足を招き、生命力を低下させます。首のこりを治して体を元の状態に戻すことは、生命力を回復させることにつながるのです。