床をハイハイする赤ちゃんにハッとした
私は羽田空港で20年以上、清掃の仕事をしています。羽田空港は2013年、2014年、2016年、2017年、2018年、2019年に「世界一清潔な空港」に選ばれました。
空港では、お客様に快適な時間を過ごしてもらえるよう、毎日約500人ものスタッフが働いています。
私は17歳のときに、生まれ育った中国の瀋陽を離れ、家族とともに日本に来ました。父は中国残留日本人孤児で、母は中国人。日本に来たばかりのときは生活が貧しく、日本語を話せなかったので、仕事もありませんでした。
でも、言葉はできなくても、清掃はできます。私は自分で選んだ、この仕事が大好きです。
空港に一歩入ったら、自分の家だと思って仕事をしています。家に来たお客様にするように、一人ひとりのお客様をちゃんと見るんです。
どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるか、考えて工夫して、お客様に伝わったときは、とてもやりがいを感じます。
清掃には、相手を思いやる、優しい気持ちがたいせつです。でも、若いころの私は、技術を身につけることにばかり一生懸命でした。そんな私に、当時の上司だった鈴木優常務は「もっと心を込めなさい」といっていました。
ある日私は、鈴木常務に「心に余裕がないといい清掃はできませんよ。自分に余裕がないと人にも優しくなれないでしょう」といわれました。その意味が、当時の私には、初めはよくわかりませんでした。
それからしばらく経ったあるときです。空港のロビーで、親の手をすり抜けて床をハイハイする赤ちゃんを見て、ハッとしたのです。
「私は今、手にしているモップで清掃していいのだろうか?」――使う人の気持ちになって、もっときれいな場所にしたいと思うようになりました。
そんな心境の変化を経て、鈴木常務の勧めで出場した「全国ビルクリーニング技能競技会」で、私は歴代最年少での優勝を果たしました。
優しい気持ちで清掃するようになると、しだいにお客様から「ありがとう」「ご苦労様」と声をかけられることも増えました。
心地いい家の秘訣は「ついで掃除」
空港だけでなく、自宅の掃除も毎日欠かさずしています。朝5時に起きて、家の掃除を1時間してから出勤するのが日課です。
うちは旦那さんがご飯を作ってくれていて、私の担当は掃除。「たいせつな旦那さんのために、掃除をしてあげたい」という思いもありますが、それよりむしろ、自分の仕事は、きちんとやりたいのです。
高熱が出ても、宿泊勤務の日が続いても、日付が変わるまで飲んでしまった翌朝も……旦那さんは「やらなくていいよ。休んでいいよ」といってくれるのですが、朝の掃除は欠かしません。
人間は一度甘えてサボッてしまったら、二度、三度とくり返すものです。
うちは夫婦2人家族。家のことは2人で守っていくものだと思うと、体が自然に動きます。
とはいえ、掃除をガツガツやっている感覚は全くなく、体にしみ込んだ習慣を、たんたんとこなしている感じです。毎朝、台所、リビング、玄関……と自分の動線に沿って、タオルでふき上げています。
朝だけでなく一日中、汚れを見つけたら、なにかのついでにすぐ掃除ができるように、部屋ごとにタオルをぶら下げています。汚れを発見したときは、「ついで掃除」ですぐふき取ります。
また、髪の毛やホコリなど、どんなに小さくても、ゴミが見えたらすぐ拾いたいので、うちはゴミ箱がとても多いです(笑)。
すぐに掃除する習慣があれば、特別な道具や洗剤は必要ありません。タオル1枚で、ほとんどの場所を掃除できます。
なかでもトイレと玄関は、特に人目に触れやすいところです。ここだけでもぜひ「ついで掃除」をしてみてください(図参照)。トイレと玄関がきれいになるだけで、家の心地よさがぐんとアップするはずです。
そしてだんだん、トイレと玄関だけでなく家全体をきれいに保てるようになるでしょう。
ヨガや朝のお白湯で体力と気力を維持
私は、「この世界に、私は1人しかいない」、「世界に1人の自分のことは、自分で守る」と考えています。
そう考えていると、自分の発言や行動に自信が持てるし、自分自身のことを認めてあげられる。人に何をいわれたとしても、ブレることなく、自分をたいせつにできます。
この信念があるから、私はいつでも責任を持って、仕事も家のこともこなせるんだと思います。
その責任感を実際の行動に示すには、体力と気力が不可欠です。
空港の清掃道具は、3~5㎏あるモノが多く、しかも、広大な空港中をすみずみまで歩き回ります。掃除を始める前の準備運動や、日常的なメンテナンスが不十分だと、関節を傷めることにもなりかねません。
だから、掃除前はもちろん、朝に晩に、首・肩・手首・腰・ひざ・足首の関節を回したり、曲げ伸ばしをしたり、ストレッチは怠らないようにしています。
また最近は、ヨガに通い、体と心を整えています。
仕事が忙しいと、予定どおりいかないことも多いのですが……。
気力を保つ秘訣は、私の場合、何事もためこまないことです。
私は素のままで生きているので、人に対してもなんでも正直にいいます。私が何かいったことに対して、「新津さん!日本では普通、そういうことはいわないから!」とビックリする人もよくいますが(笑)、気になったことをそのままにしていると、イライラして仕事にも集中できません。
だから、わからないことや納得できないことがあるときは、すぐにいうようにしています。
どうしてもいえなかったことがあったり、心の中がモヤモヤしたりするときは、1人でためこまずに、ご先祖様に話します。
朝の掃除を始める前に、仏壇のご先祖様といっしょにお茶やお湯を飲むのが私の日課なのですが、「ちょっと聞いてよ~!」なんていって、話させてもらっています(笑)。
朝1杯のお湯は、健康にもいいんですよね。独身時代は、1人で飲んでもおいしくないですし、全然続きませんでした。でも今は、いっしょに飲む人がいるので、幸せな気持ちで続けています。
この世に間違って生まれてきた人は1人もいません。これからも自分をたいせつに、仕事も、人生もまっとうしたいと思っています。