七福神の大黒様とえびす様は父子関係
日本人なら誰もがその名を知るのが、えびす様。大漁や海上の安全、商売繁盛、歌舞音曲、学業の守護神として、神々の中でも特に篤く信仰されている福の神です。現代では経済的な繁栄、金運を導く神様とされ、全国の多くの神社で祀られています。
えびす様を祀る神社はえびす神社とも呼ばれ、全国に3300社以上あるとされます。それらの中でも、伝承ゆかりの地に建つ総本宮が、美保神社です。
えびす様の出自には、さまざまな伝説があります。中でも有力なのは、えびすを漢字にするときに、主に恵比寿、恵美須などとする事代主神説と、主に蛭子とする蛭子説です。
蛭子説は、日本神話の伊弉諾と伊弉冉という兄妹であり夫婦でもある2人の子、蛭子とするものです。
神話では、蛭子は生まれたものの足が立たず、海に流されます。それを海の神が拾い上げると、ご利益があったという伝説が残されています。この蛭子説に基づくえびす様は、兵庫の西宮神社を総本社として祀られています。
事代主神説は、えびす様が日本神話の大国主神の子、事代主神だという説です。気付いていただきたいのが大国主神の「大国」の部分。「だいこく」とも読めます。神道の神様・大国主命と、七福神の大黒天は、同じ神様と考えられています。
つまり、七福神の大黒天とえびす様は、父と子の関係にある、ということになります。
国譲りの打診に逆手を打った事代主神
神話では、建御雷神が出雲の国譲りを大国主神に打診すると、大国主は子の事代主神に判断を委ねます。そこで建御雷神の使者が、美保の海で釣りをしていた事代主神に問うと、事代主神はすぐさま承知したと言って逆手を打ち、その海に身を隠したと記されています。
日本の書物で「釣り」はそれが最古の記述で、また海に身を隠したことが漁業の神に通じるため、事代主神がえびす様だというわけです。
また、この説話は、交渉や商談を成立したときに手を打って一本締めなどをする慣習や、話をまとめることが「手を打つ」と表現される起源にもなっています。そのことも、商売繁盛の福の神であるえびす様に通じるものがあります。
その事代主神を古くから祀り、海の守護神として渡航者の崇敬も集めてきたえびす様の総本宮が、今回ご紹介している美保神社です。
ここまで読んで「蛭子説と事代主説、どちらがほんとうなの?」と思うかもしれませんが、神道は八百万の神を認め、神話も書物によって違いがあるように、古い伝承のあいまいさにも寛容なのがいいところ。突き詰めて考えるより、どちらも正しく、2つの顔があると捉えるのが神道的なふるまいだと私は考えます。
美保と出雲の両社を参拝するのがお勧め
ところで、島根の神社と言えば、出雲大社がつとに有名です。境内はたいへんに広く、皇族でも立ち入りが許されない本殿には、大国主大神(大国主神)が祀られています。
威容や風格のある神社ですから、そこを参拝しただけで満足してしまいそうですが、地元の人々をはじめとしてよく言われるのが「出雲だけでは片参り」です。
出雲大社が大国主大神をご祭神としているのに対して、美保神社では、その子神である事代主神と、国譲りのときに大国主大神の后になったとされる三穂津姫命とが、ともにご祭神として祀られています。
つまり、2つの神社の間には、出雲大社が父、美保神社が義母と子という意味で対になり、七福神信仰からも「出雲のえびす大黒」として対になる深い関係があるわけです。
そして、三穂津姫命は高天原から稲穂を持って降り、人々に食糧として配り広められたほか、夫婦和合や子孫繁栄などをもたらす神です。歌舞音曲にも通じ、女性にとっては魅力や父子を支える力を高めるご利益も加わることになります。こう見てくると、美保と出雲の両参りをしない手はありませんね。
同じ島根県とはいえ、70㎞ほど離れているため、1日で両方を参拝するのは簡単ではありません。私のお勧めは、ちょうどその間にある玉造温泉に泊まって両参りをすること。これによって、ご利益もいっそう強くなると言われています。
また、元出雲と呼ばれる京都・亀岡の出雲大神宮には、大国主神と三穂津姫命が主祭神として祀られ、こちらも訪ねてみたいスポットです。