石田梅岩は、江戸時代中期(1685~1744年)の人で、丹波の国(現在の京都府亀岡市)の農家の次男として生まれます。
十一歳で京都の商家へ丁稚奉公に出された後、紆余曲折を経て二十三歳のときに奉公した呉服屋で誠実・勤勉に働き、丁稚から番頭へと出世していきます。
忙しい仕事の合間に神道、儒教、仏教を独学し、「人の人たる道」をひたすら求道したそうです。そして「正直・勤勉・倹約・共生」の道を説くと同時に、商業活動における利の追求を積極的に肯定しました。
『都鄙問答』『倹約斉家論』の著書も出版し、そのわかりやくて新しい人生哲学・商人哲学は、「石門心学」と呼ばれて全国に広まりました。
仕事運が高い人に共通する特徴
私は、ビジネスプロデューサーとしてこれまで、数多くの会社や個人の経営コンサルティングに携わってきましたが、仕事がうまくいく人、会社のビジネスが発展する経営者には、共通する資質があることを見いだしました。それは次の3つです。
①人間力(人格)が高い
②まずお客様や社会が喜ぶことを考え、相手も自分も活かす調和的なビジネスをしている
③適正な利益をちゃんと得ている
というものです。仕事運が高い人は、間違いなくこの3つのバランスが取れています。
この3つを別の言葉で表すと
①道(精神性の追求、人格修養)
②調和力(全てを喜びに活かす力)
③利(相手を喜ばせて結果として入るお金、お金の源泉となる独自の才能)
となります。逆に言えば、この3つをバランスよく高めていくことが、仕事運を上げる秘訣ということになります。
270年前に「成功する人の根本」を説いた石田梅岩
この3つのバランスを実生活に活かしていくための実学を、なんと270年も前の江戸の人々に説いていた日本人がいました。それが石田梅岩先生です。
私が石田梅岩先生のことを知ったきっかけは、私が開催したセミナーで、一緒に講師をして頂いていた佐山サトル先生(武道家・初代タイガーマスク)からうかがったお話でした。
当時、私は武士道や神道などに興味を持ち始めており、「道」というものについてもっと学びたいと思っていました。佐山先生から、江戸時代に「商人道」についてわかりやすく説いた石田梅岩という先生がいたと聞いて興味をもち、自分なりにいろいろと調べていったのです。
神道や武士道など「道」のつくものは、頭で理解するものではなく、体感していくしかない世界なので、一般の人にはなかなか難しいところがあります。そんな中で、梅岩先生は、「道」について問答という形式でわかりやすく説かれていました。
松下幸之助さんも心の師と仰ぐ
しかも、私が尊敬する経営の神様、松下幸之助さんについて調べていたときに、「事業に行き詰まったら、梅岩先生を読みなされ」といったような内容のことを偶然見つけて、松下幸之助さんが梅岩先生を心の師と仰いでいたことを知り、ますます梅岩先生の説く「商人道」が、今の日本人に必要なものであると確信したのです。
なぜなら、日本人がバブル期以降、物質・金銭(利益追求)に偏り、意識・精神(人の道)をないがしろにしていることを危惧していたからです。物質や金銭もたいせつです。しかしこれに偏っていると、幸せと充実の中で生きることはできません。今、まさに時代が大きく変わろうとしていて、私たちも変わっていかなければならない時を迎えているのです。
内閣府が平成24年8月25日に発表した「国民生活に関する世論調査」によると、今後の生活で「物の豊かさ」と「心の豊かさ」のどちらに重きを置くかを尋ねたところ、「心」と答えた人が、過去最高の64・0%となったそうです。
かねて、物質重視の社会から意識・精神(心)重視の社会へと価値観が変わる「アセンション」が起こると言われていますが、調査はその兆しを如実に表した結果といえるでしょう。
「正直」「共生」「倹約」を生活思想にまで高めた
日本人の精神性をよく表しているしきたりに、「正直」「共生」「倹約」がありますが、これらはいずれも世界から日本人の美徳として賞賛されてきたものです。この美徳が誰によって提唱されていったのかを探っていくと、江戸時代の賢人、石田梅岩先生にたどり着きます。
梅岩先生は、「正直」「共生」「倹約」を一つの生活思想にまで高め、日本中に影響を及ぼしました。士農工商という身分が厳格に分かれていた封建社会にあって、広く庶民に商いの基本を説いた梅岩先生は、「商人道」の開祖ともいわれています。
石田梅岩先生は、江戸中期の8代将軍徳川吉宗のころの思想家です。梅岩先生の教えは後に「石門心学」と呼ばれるようになりますが、それは儒教や仏教、日本古来の神道の思想を取り入れたもので、性善説(人が持って生まれた性質は善だとする考え)に基づく思想でした。
その教えの中心は、「心を磨くことにより、天の理(天の道理)と一体である自己の『性』(心の根本、本性)を知り、その『本性』に従って実践する」というもので、梅岩先生は商人道を説くことを通じて、すべての人間が踏み行うべき道をも示されたのです。
当時は蔑まれていた商人の営利活動を積極的に認め、勤勉と倹約を奨励しました。こうした前向きな考え方が、京都や大阪の町衆に広く受け入れられたのでしょう。商人だけでなく町人、武士、女性たちの間にも広まり、最も多いときは400名の門人に講義をしていたそうです。
ここからは、梅岩先生の言葉をいくつか紹介していきましょう。
●石田梅岩先生の言葉
商人の買利(ばいり)も天下御免(おんゆる)しの禄(ろく)なり
(『都鄙(とひ)問答』より)
〈意味〉
商人の利も天下からお許しを得た禄である。
この言葉は、冒頭で述べた仕事運を上げるための3つの要素の③「利」に通じるものであり、誠実に仕事をして適正な利益をいただことのたいせつさを教えています。商人が儲けるのは天下(社会)に貢献した報酬であるといっているのです。
当時商人は「士農工商」の最下位に置かれ、「金儲けする者=賎しい者」という軽蔑の対象にありました。しかし、梅岩先生は商人の出であったことから、既成の価値観に惑わされることなく、商人が誠実に稼いだお金は武士がもらう俸禄と同じで、世に役立つ意味では変わりないと訴え、商売が社会的に大事であることを体験に基づいて話したのです。
一方で梅岩先生は、商人が我欲で金儲けに走ることには反対しました。商人も社会を担う一員ならば、武士と同じように儒教でいうところの「仁・義・礼・智・信」を守り、それを商人道に置き換えて行動すべきとしたのです。
また、梅岩先生は「万物を効果的に用いることがたいせつだ」と述べ、「物事の無駄を省く努力をすれば、すべてに余裕が生まれる」と「倹約」のたいせつさを説いています。これは、最少の労力で最大の効果をあげる商行為の原則を指摘したものです。
実(まこと)の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり
(『都鄙問答』より)
〈意味〉
まことの商人は商売の相手を立てながら自分も立つという心がけを持っているものだ。
自分だけが儲かり、相手が損をするというのはほんとうの商いではない。取引先にも喜んでいただいた結果として、自分も潤う(利益を得る)のが真の商売であるということです。この言葉は、仕事運を上げるための要素の②「調和力(共生)」に通じます。
「調和力」とは、人や事象と共鳴し、あらゆるものと対抗せず、すべてを必然として受け入れ、お互いのよさや強みを活かしあって、喜びを生み出し、新しい未来をつくっていく「和のパワー」のことです。
この「調和力」や「共生」を理解するうえで私が重視するのが「真ん中」という概念です。この「真ん中」の感覚に近いものとして、近江商人の経営哲学である「三方佳し」(売り手よし、買い手よし、世間よし)があります。
「学問の道は、第一に身を敬み、義を以て君を貴び、仁愛を以て父母に仕え、信を以て友に交り、広く人を愛し、貧窮の人を愍み、功あれども伐らず、衣類諸道具等に至るまで、約を守りて美麗をなさず、家業に疎らず、財宝は入を量りて出すことを知り、法を守りて家を治む」
(『都鄙問答』より)
〈意味〉
学問の道は、何よりも行動を慎み、目上の人に敬意を持ち、親には仁愛の情をもって仕え、友人には信義をもって交流し、差別なく人を愛し、貧しい人には同情心をもち、自分に功績があっても誇らず、衣服や身の回りのものは倹約を重んじて華美にならず、家業をおろそかにせず、収入を計算して支出の限度を知り、秩序を守って家をおさめることである。
梅岩先生は、人が修めるべき道を「学問の道」として説かれています。これは、仕事運を上げるための3つの要素の①「道」で、「正直」(心が素直で清らかなこと)に通じるものであり、梅岩先生の説かれる商人道の根幹をなす「人格形成の道」です。
このように梅岩先生の目指していたことは、日常生活の仕事を通して「人格形成」をすることだったのです。先生の教えが「心学」と呼ばれたゆえんも、「心を修養する学問」であったからに他なりません。
「頑張って仕事に励んでこそ、その結果として利益が生み出されるのであって、成果を求めて仕事をするのではない」という梅岩先生の教えは、商人の基本的な心の在り方を示しています。松下幸之助さんも、「一生懸命に仕事をしたあとに、利益がついてくる」が口ぐせだったといいます。
最後にお伝えしたいことは、これからの日本は、しばらく政治や経済の混迷が続き、不安やさらなる災害への危機感が続くかもしれませんが、このようなときに必要なのは、私たち一人ひとりの心の中に「何があっても私たちは大丈夫」という自信を持つことです。
この自信は、「道」「調和力」「利」のバランスが取れた生き方から生まれます。私は石田梅岩先生の精神を今に復活させ、先生が説いた商人道をベースに、自分の仕事や人生に誇りを持ち、金銭的にも豊かで幸せを感じながら生きられるメッセージを多くの人に伝えたいと思っています。
皆様も、梅岩先生の教えをぜひ生活の中でお役立てください。