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【写経の効果】細かい手の動きで脳を活性化!立体空間認知能力もアップする「般若心経なぞり書き」

立体空間認知能力も写経で鍛えられる

近年、若い人たちも巻き込んで、寺社巡りや御朱印集め、写経、仏像の模写など、ちょっとした仏教ブームが起こっているようです。

その中で、私が興味深く思っているのが、写経です。これは、仏教の経典であるお経の一つ、「般若心経」を書き写すことです。字や絵を書き写す作業は、脳の専門医である私から見ると、脳の活性化に非常に役立つと思われます。

般若心経を知らない人にとって、写経は繊細な絵のスケッチと同じようなものです。般若心経の文字は形が複雑で、書き順が分からないものもあります。その複雑な形を目で見て、頭の中で分析して立体的に捉え、手を使って違う場所に再現する。これは脳にとってかなりストレスのかかる作業ですが、もしこれを苦痛なくできれば、とてもよい脳の訓練法になります。

この作業を少し難しい言葉で言うと、脳の立体空間認知(物の形や大きさを立体的に正しく把握すること)といって形を再生する作業で、この一連の動作は、きわめて高度な知的動作と言えます。
とりわけ書字(字を書く動作)は、相当な能力を要します。

指先は、人の体の中で、知覚も感覚も最も敏感なところです。カナダの脳神経外科医・ペンフィールドの描いた脳地図を見ると、手の機能は脳のエリアの半分以上を占めています。それだけ、多くの神経が手に集中しているのです。したがって、指先を細かく使う書字は、脳のよい刺激になるのです。

年をとるとだんだん手先を使わなくなり、字も書かなくなります。ですから、字を書き写すことや、なぞり書きをすれば、高い学習効果が得られ、認知症予防にも役立ちます。

ふだん見かけない難しい漢字を書くのも、脳の活性化に役立つ

声を出して読むより書くほうが脳を活性化

ここに、東京電機大学が行った興味深い研究があります。般若心経の写経、黙読、読誦(音読)の3種類をそれぞれ5分間ずつ行い、脳の前頭前野の血流を調べたものです。
前頭前野は人を人たらしめる脳で、思考や創造力、意思決定など、高度な脳の機能をつかさどっています。

この研究の中で、①写経(お手本の上に置いた用紙に毛筆でなぞり書きする)と、②読誦(お手本の読経CDを聞きながら、声を出して経文を読む)では前頭前野の血流がどう異なるかを調べました。
被験者は、写経のベテラン6名と、初体験の大学生6名。サンプル数は少ないものの、血流測定という客観的な評価で脳の活性を調べています。

結果は、ベテラン、大学生とも写経の血流が有意に多く、なぞり書きでもかなりの効果があることがわかりました。おもしろかったのは、ベテランでは写経以外は血流が増えなかったのに対し、大学生では、黙読でも血流が増えたことです。

この結果からわかるのは、写経は、般若心経を知っていても知らなくても脳を活性化しますが、黙読は般若心経に慣れているとあまり効果はないということです。
また、読誦のように声を出して読んでも血流が増えないのは、おそらくリラックス効果が高いからでしょう。総じて大学生のスコアが高かったのは、般若心経に慣れておらず、文字が難しかったからです。

血流が多いのは脳が緊張しているからで、ストレスが脳にかかっている状態です。ストレスというと悪いイメージで捉えられがちですが、緊張しても元に戻れるくらいなら、プラスに働きます。脳の活性化のためには、脳に快適なストレスになるように、レベルや頻度を考えることが大事です。

例えば、書き写すものがあまりにも複雑で難しいと、途中で嫌になってしまうでしょう。反対に、簡単すぎるのも脳に刺激にならず、飽きてしまいます。自分にとって少しだけハードルが高いくらいのレベルが、ちょうどよいストレスになります。

また行う時間は、50分続けたら10分休むというサイクルが、学習効果が高いことがわかっています。その半分の、25分やって5分休むというペースでもよいと思います。

別記事:般若心経なぞり書きのやり方

ちょっと難しいことに挑戦して脳を活性化する

写経に限らず、趣味を楽しみながら脳を活性化するには、少し無理な程度のものに挑戦することがポイントです。その小さな積み重ねで、目標に近づいていきます。

目の前のハードルを越えると、「やった!」という達成感が得られます。すると、「もっとやろう」という前向きな気持ちになります。

そのときに、第三者の目があるとなおよいでしょう。「よくできたね」というご褒美があると、モチベーションが上がり、自己肯定感を持てるようになるからです。小さな達成感と、小さな喜び、小さなご褒美の言葉。それが、その人の能力を伸ばす原動力になります。

年をとれば誰でも、物忘れしやすくなったり、若い頃できていたことができなくなってきます。
現在のリハビリはできないことをさせようとしますが、それは、苦痛以外の何ものでもありません。ネガティブに感じることではなく、ポジティブになれること、その人のできることをしたほうがよいのです。

当院の患者さんで、昔、絵を描いていたのが、認知症になって絵を描くのをやめてしまったかたがいます。根気よく、描くことを勧めたところ、1年ほどで以前と同じように描けるようになったのです。とはいえ、そこで記憶力や計算力が改善したわけではありません。しかし、それでよいのです。得意なことができるようになると、昔の自分を思い出して、人としてのプライドや誇りを取り戻せるようになります。それが本来のリハビリです。

写経は、認知症の予防に非常に有効だと思います。認知症が進むと難しくなりますが、字や絵のなぞり書きなど、できることはたくさんあります。認知症でも、脳が活性化する余地は残っています。私はそういう楽観的な希望を持って、認知症の治療に当たっています。

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