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【清水義久】風神・雷神とつながって運を開く!成功をつかむ!(1)

2020/07/10

 私たちが人生を切り開いていくにあたり、開きたい運の種類によって、風神のエネルギーと雷神のエネルギーを使い分ける必要があります。どちらかだけでは十分とは言えないのです。

 ですから私はこれまで「引き寄せを望むときは風神に、願望実現を望むときは雷神に頼みなさい」とアドバイスしてきました。

「引き寄せと願望実現はどう違うの?」と思った方もいるかもしれませんね。その点を含め、当連載で詳しく見ていきましょう。

俵屋宗達の「風神雷神図屏風」

この世と神様の世界には共通したフレームがある

 風神と雷神というと、江戸時代初期の絵師・俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を真っ先に思い浮かべる人も多いでしょう。

風袋から風を吹き出して風雨をもたらす風神と、太鼓をたたいて雷鳴と稲妻を起こす雷風の姿が対で描かれた絵です。

 日本の仏教では、風神と雷神は千手観音の眷属(従者)とされています。神道には、「志那都比古神」という風神や、「建御雷神」という雷神がいます。

 古代インドの神話には、天空を駆け抜け「インドラの矢」と呼ばれる雷で魔神と戦うインドラという英雄神が登場します。これがバラモン教やヒンズー教に受け継がれ、さらにインドラは仏教に取り入れられて、仏教の守護神である帝釈天に姿を変えました。

ギリシャ神話の最高神ゼウスは「天と雷と正義の神」ですし、北欧神話に登場するトールという雷神は、いかづちを持ち、神々の敵である巨人と戦います。

 このように、洋の東西を問わず、世界各地の神話や宗教には風や雷の神様が登場しますが、それらが象徴するものは共通しています。それは、この世と神様の世界の構造には、共通したフレーム(枠組み)があるということを示しています。

 イメージしてみてください。風とは、基本的に水平方向へエネルギーを拡散させていくものであり、雷は天から地に向かって垂直に落ちるものです。

 ですから、風と雷はそれぞれ、水平方向と垂直方向という、方向軸の違うエネルギーを暗示しています。自然界のほかの要素になぞらえるなら、風は横に流れ広がっていく「水」であり、雷は縦に燃え上がる「火」です。

多神教は風神的で一神教は雷神的

伊勢神宮内宮近くを流れる五十鈴川と緑の木々

 宗教の分類の一つに、多くの神々を崇拝する多神教と、唯一の絶対神を信仰する一神教があります。これらの成り立ちを見ると、発祥となった地域の自然環境が深く影響していることがわかります。

 日本の神道や中国の道教、インドのヒンズー教、仏教など、多神教が生まれた地域には、水に恵まれ、緑豊かな森がある土地だったという共通点があります。

 水と森がある土地に暮らす人々は、食べものに恵まれています。天と大地は豊かな実りをもたらしてくれる存在で、自然界のあらゆる事象や自分たちを取り巻く万物に神が宿り、命は輪廻転生をくり返す、という感覚が生まれてきます。

これらの感覚は、水平方向のエネルギー、つまり「水」「風」「風神」に通じます。

 一方、ユダヤ教やキリスト教、イズラム教といった一神教は、いずれも砂漠の地で誕生しました。

 水のない砂漠に暮らす人々は、生きていくこと自体が戦いの連続です。砂漠では、水を巡って争いが起きますし、命をつなぐために、ほかの動物を殺めなくてはいけません。

生きていくことは厳しく罪深いことであり、その原罪を許してもらい、絶対的な指導力で導いてくれる存在として、砂漠の民は唯一の絶対神を必要としたのです。この感覚は垂直方向のエネルギー、すなわち「火」「風」「雷神」に通じます。

 日本人は、特別な宗教心がなくても、森羅万象に八百万の神が宿るという多神教的な世界観を感覚的に受け入れます。

日常生活でも、神や仏に対して、自分たちに大いなる恵みと幸せを与えてくれる存在として、優しくおおらかなイメージを抱いています。これは前述のとおり、風神的な世界観です。

 一方で、一神教の教えや一神教を信仰する人々の苛烈さは雷神的であり、多くの日本人の感性とは異なる面もあるでしょう。

 私たちは開きたい運によって、水平軸のエネルギーと垂直軸のエネルギーを使い分ける必要があります。

 次の項目では、そこを具体的に見ていきましょう。

(次回に続きます)

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